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3-1、
なんで、メシャンはあんなことを僕に話したんだろう。
なんで、こんな間の悪いときに出撃なんてしなくちゃいけないんだろう。
僕、ほんとはいま、とても気乗りしていないんだ。
ねえ、ミリア。ミリアはどう?
もしかして、ミリア泣いてたでしょ? 厩舎に入ってきたとき、もうゴーグルを掛けていたよね。いくらなんでもそんなに目を晴らしていたら、ゴーグルで隠したってわかっちゃうよ。
なにがそんなに悲しいの? なにがそんなに辛いの?
……実はね、僕もいま、おんなじような気持ちなんだ。
ねえ、ミリア。メシャンはなんで僕にあんな話をしたのかな?
全然知らなかったよ。僕のお母さんと、ミリアの最後の物語を。
ミリア、一度も話してくれないんだもの。僕のお母さんが死んでしまった最後の日のこと。
なんで隠してたの? そりゃあ、話されたら驚かないはずはなかっただろうけど……。
でも、変なんだよ。
メシャンの話だと、お母さんは僕が卵から出てくる前に死んじゃっているはずなんだ。だけど、僕はどこかでお母さんに会ったことがある気がする。
それは、そう。卵から外に出た、いちばん最初の朝だったと思う。
お母さんは、卵から出てくる僕をじっと待っていてくれたんだ。そして、あのいつもの暖かい声で「おはよう」を言ってくれた。
まだ、外の世界に出たてで眼がかすんでよく見えなかったから、お母さんの顔、実はよく憶えていないんだ。
あの時、もうすでにお母さんが死んでしまっていたのなら、“あのお母さん”はいったい誰だったんだろう?
なにがきっかけだったのかはわからない。
しかし、その話は4匹の前にふって湧いたように現れ、幾ばくかの居心地の悪さと暗い影を落としていった。
ハリィとメシャンとシルフェス、そしてディーノ。それは、百竜騎士団第Ⅲ小隊に所属する4匹のドラゴンがいつものように寄り集まって、いつものように談合に耽っていたときの事だった。
なにがきっかけだったのかわからない。どこをどう転んでその話に結びついたのか、今となってはそのことを思い出せるものは4匹の中にもいなかった。
口を滑らせたのはメシャンだった。
「そういやぁ、スノートが死んでからもう4年も経つんだよなぁ~」
そんな、なにげない一言。普通に聞いていれば普通に聞き流されていただろう。しかし、いちばんいけなかったのはそのひとことを言った後に、メシャンがあからさまに「まずいっ!」という表情を浮かべたことだった。
その表情を、ディーノが見てしまっていたのもいけなかった。
大体、ディーノには“スノート”という名前に聞き覚えがなかった。その名前は、特にディーノが産まれてからは、残りの3匹の中で禁忌(タブー)とされてきた名前だった。
「……そのスノートって誰?」
当然のようにディーノの質問が3匹に向けられた。
「まずいっ!」の後ではもう誤魔化しようがなかった。
もちろん、3匹とてその事実がいつまでも隠し通せることではないことぐらいはわかっていた。しかし、どうせ話すのでもパートナーのミリアから話があるべきだと考えていた。なによりスノートの事でいちばん傷ついているのは、他でもないミリアだ。
そのミリアの気持ちが整理されないうちに、自分たちからディーノに話をしてしまうのはミリアを余計に追い込むことになってしまう。セルマーのパートナーであり4匹の取りまとめ役でもあったハリィがそう考え、残り3匹の中での禁忌が設定された。
のだが。
「いーじゃねーか。いずれは話さなくちゃならねぇ事なんだかっさ。それにもう、4年も経ってんだぜ? ミリアの方だってもう気持ちの整理くらいついてんだろ?」
メシャンはそう言うが、果たしてどうだろうか。
時々見せるミリアの憂いた表情を知っているハリィには到底、ミリアがスノートの一件を克服できているようには思えなかった。
それでも、時は戻せない。もうディーノには、話すほかなかった。
――今日は、嫌な日だ。
メシャンとシルフェスが4年前の話をディーノにしている中、ハリィはひとり頭上に開いた長方形の空を見上げていた。
朝はあんなに晴れていた空が、いつのまにか泣き出しそうな曇り空に変わっていた。
やがて、メシャンとシルフェスの話が終わる頃、厩舎の中が急に慌しくなった。
他の隊の竜騎士たちが次々にやって来て、ドラゴンに跨り空へと消えていく。そのとり急ぎようは尋常ではなかった。
エイリルとラスタの戦況になにか激変が生じたことは明らかだった。それも悪い方向に。
――今日は、嫌な日だ。
ハリィは思う。4年前のあの日には、とてもいい日々が続く中に突然悪いことが舞い降りた。でも今日は違う。立て続けに悪いことが起きている。
まるで、タロットに描かれた“逆位置の運命の輪”が静かに回りだしたかのように。
そして、それが意味するのは、
“運勢の悪変” “不運” “宿命から逃れられない”
言いようのない不安をハリィは抱いていた。奇しくもそれは4年前のあの日、ミリアが抱いたのと同じ不安だった。
だから、ミリアが厩舎に姿を現した時ハリィはミリアとディーノを行かせたくはなかった。しかし、
「緊急事態! 私だけ先行するからって隊長に伝えておいて! ディーノ、行くわよ!!」
「うん!」
必要事項だけを手短に伝えるだけのミリアを背に、思いのほか平然とした風のディーノは早々と宙へ舞い、
「――ちょっと、ミリア! まっ」
ハリィの言葉を待たずして、いまにも泣き出しそうな曇り空へと飛び出していってしまった。こうなると素早さを身上とするディーノに追いつく手立てはハリィにはない。
「ミリア、……ディーノ」
結局、ハリィに出来たのはふたりの後姿を見守ることだけだった。
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