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2-4、
私はあの日のことを忘れない。
4年前のあの日、今よりも少し戦場が静かだったあの頃。
珍しくかかった出動要請に、私は言い知れない不安を覚えていた。
断ろうと思えば出来たと思う。スノートは卵を産んだばかりで、体力がしっかりと回復しているかどうかははっきりいって微妙だった。
それに初めての子供だ。スノート自身、多少なりとも戸惑う事はあったはずだ。そんな状態で戦場に向かうのは危険なことだ。それは、私もおそらくスノートも分かっていたはず。
だけど、戦場に赴くことを決めたのはスノート本人だった。
「私は大丈夫だから」
いくら止めようとしても、スノートはそう言い張るばかりで聞こうとはしなかった。
しかたなく、私は押し切られる形でスノートの背中に跨り、空へと舞い上がった。
別に、彼女が戦いを好んでいたわけではない。彼女がそう望んだのはきっと、百竜騎士団に所属するドラゴンだという強い自負があったからだと思う。
彼女は私と組む前から、非常によく訓練された優良なドラゴンだった。
……いい意味でも、わるい意味でも。
自国と敵国とが鍔迫り合いを繰り広げる広大な草原。私たちはその草原を低空で駆け抜け、ゴーレムやトロルの部隊を蹴散らして回っていた。
あれは、不運だったとしか言いようがない。
たった一本の弓矢だった。
誓ってもいい。あれは決して、狙って放たれた一発なんかじゃない。
私たちはあの時、低空を猛スピードで飛び回っていた。もしあの状態で、狙って当てられるというならそれはきっとロビンフットやウイリアム・テルも顔負けの名手だったに違いない。
それに普通なら、弓矢の一本や二本くらいスノートの着用していた甲冑が弾いてくれていたはずだ。
あれは、不運だったとしか言いようがない。
それでも、不運であろうと偶然であろうと、それが現実に起きたことは抗いようもない事実だった。
どこから放たれたかなんて見えはしなかった。
敵陣から放たれた一本の弓矢は、スノートの飛行スピードを逆手に取り、スノートの着けていた甲冑を貫き、スノートの逆鱗を射抜いていた。
ドラゴンの胸元あたりにある、一枚だけ逆巻きに生えた鱗。逆鱗。
その下の、スノートの心臓に、弓矢は達していた。
その事実をようやく知ったのは、惰性速度でそのまま川の中に突っ込み、気を失ったまま下流まで流され、味方に拾い上げられて、
翌日、味方の陣営内にあった医務室で目を覚ましてからのことだった。
……私は、あの日のことを、忘れない。
ミリアの嗚咽は徐々に治まりつつあったが、それでもエドには彼女に掛けるべき言葉が見つからなかった。
思いのほか、彼女が内に抱え込んだ闇は濃かった。
いまはただ、その闇をしっかりと見定められなかった自分を責めるばかりだった。
「……大丈夫か?」
自分で種を蒔いておきながら「大丈夫か?」もないものだが、しかし、言葉がない。
なにを言っても自分の声では彼女には届かないだろう。自分では姪の力になれないという無力感がエドを容赦なく打ちのめす。
ならばせめて、この悲しみに暮れる小さな姪を抱きしめて、ささやかながら彼女の支えとなれればと思う。
しかし、自分と彼女との立場の差がそれを許さない。自分がある立場は、1人の人間に情を偏らせてはならない立場だ。常に万人に、平等に目を向けていなければならない。
たとえそれが、自分と血の繋がった者であっても。いや、むしろ血の繋がりがあればこそなおさらそれは許されないことだった。
いまは、それが、どうしようもなく歯痒かった。
「…………」
「…………」
言うべき言葉も見つからず、立つことも座ることも出来ぬまま、互いに背中を向け合ったままで、沈黙の中ただ時が流れていく。
そうやってどれだけの時間が流れただろう。時間の概念すら忘れてしまうほどに沈黙が続き、
唐突に会議室の扉が開かれ、その声は漂っていた静寂を軽く凌駕した。
「伝令!! たったいま、中央のオルドビス第1防衛ラインがラスタ帝国によって突破された模様!! 百竜騎士団第Ⅰ小隊のε班および神剣騎士団重曹第8~10歩兵隊壊滅!! 死傷者多数! 現在、第2防衛ラインにて各部隊が応戦中!! エド団長殿、至急増援を願います!!」
「…………っ!」
「……なんだと!? 中央ラインが突破された? そんなバカな!!?」
身体は頭で考えるよりも早くに動くものだ。
ミリアは弾かれたように席を立ち、
「! ま、待ちなさい! ミリアっ!!」
待ってなんかいられない。
エドの制止を振り切って、ミリアは伝令にまわってきた兵士を突き飛ばすような勢いで会議室を飛び出していった。
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