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4-2、
雨。
いいかげん雨は降り止まない。
空を覆う雨雲は晴れそうにもなかった。
オルビドス平原の只中で、雨に打たれながらディーノは横たわるミリアにぴったりと寄り添っている。
……トクン……トクン……トクン……トクン……
僕はずっと探していたんだ。“お母さん”のことを。
あの日、「おはよう」の言葉をくれたヒトのことを。
ずっと。ずっと。
だけど、僕は、“お母さん”は自分と同じ姿をしていると勝手に思い込んでたんだ。
……トクン……トクン……トクン……トクン……
知らなかった。全然気付かなかったよ。
まさか、“お母さん”がこんなに近くにいたなんて。
いつも僕の傍にいてくれてたんだね。
いつも僕のことを見守ってくれていたんだね。
ありがとう。お母さん。
もう少し。もう少しだけこのままで。
耳はミリアの胸元に置かれたままだった。
そんなディーノの頬に触れるものがあった。それはいまにも力を失って崩れてしまいそうなミリアのか細い手。まるで泣きじゃくる我が子を宥めるように、ミリアの手がディーノの頬を優しくなでる。
「どうしたの? ディーノ。私は、大丈夫よ」
「……よかった。死んじゃったんじゃないかって心配したよ」
「大丈夫だから、……それより、ディーノ、ちょっと重い、かな」
「あ、ゴメン」
あわててディーノは頭を上げる。
ディーノの頬に触れていたミリアの手が支えをなくして地面に朽ちた。その様子を目の当たりにして、ディーノの胸は締めつけられた。
「ミリア、ホントに大丈夫?」
「……うん、ヘイキヘイキ。……でも、ちょっと、無理しちゃったかな」
「ちょっとどころじゃないよ、もう。あんな無茶もうしないでよね」
「ヘヘヘッ、まさか、ディーノに、怒られるなんて、思わなかったな」
そういいながら微笑むミリアの眼は、大丈夫。ちゃんと光を宿している。
それを確認し、ディーノは遥か上空を睨みながら決心する。
行こう。
いま僕がやらなければならないことをするために。
大切な人を守るために。
「ミリア、立てる?」
「……ん? ちょっと、厳しいかな」
「じゃあ、……ちょっと痛むかもしれないけど我慢してね」
ディーノは鼻先をミリアの背中と地面のわずかな隙間にねじ込んでその身体を器用に持ち上げた。そのまま頭の上を通し、少しずつ滑らせるようにしてミリアを自分の背中へと移した。
「どこかに掴まってられる?」
「うん、大丈夫。……どうにか、鞍に掴まれそう」
「そう。それじゃ行くよ」
降りしきる雨の中、ディーノはミリアを落とさないように慎重に飛び立った。
目指すは、味方本陣の救護テント。
そこまで行ければ、ひとまずは安心だろう。
ブラックドラゴンを追いかけてずいぶんと遠くまで来ていたようだった。彼方の草原で両軍の兵が入り乱れ時折火柱を上げている。
その上空では、エイリル王国の竜騎士数騎とブラックドラゴン=フェルツァ。数的不利をものともせず、黒い悪夢は我がもの顔でオルドビス上空を滑空している。
雨。
エイリルの滅亡を予期するように、それをあざ笑うかのように止まない雨。
そんな暗い雨に煙る草原の先、ノキアスの波状丘陵の内側にエイリル王国の旗――味方の本陣が見えてきた。
「もうすぐだよ。ミリア」
丘陵を越え、手前で速度を緩めてディーノは静かに降り立った。
いまや陣内は兵士たちが慌しく行きかい、怒号と叫喚に渦巻いていた。
「誰か!! 誰か救護班を呼んで! ミリアが! ここにも負傷者がいるんだ!」
ディーノがあげる必死の叫びも、この中にあっては届く宛がない。
それでも、ディーノは助けを求めて歩き回り、叫び続けた。
その背中に、聞き慣れた声が掛けられる。
「ディーノ! どうした!?」
声を聞いて、振り向いた先には駆け寄ってくる第Ⅲ小隊のメンバーの姿があった。
ようやく見えた救いの手に、思わず泣きそうになりながらディーノも3人の元に歩み寄る。
ディーノの背中でうなだれるミリアの姿に最初に気付いたのはメグだった。変わり果てたミリアの姿に息を呑み、
「……ミリア、どうしたの!?」
「ま、まさか。……死んでる?」
メグに続いて、エミリアンも狼狽した様子で声を震わせた。あまりの衝撃にいまにも腰を抜かしそうになっている。しかし、
「…………生きてるわよ」
「……」
まあ、本人が言うのだから間違いないだろう。蚊の鳴くような声でも確かにミリアは応えていた。
とりあえず意識はしっかりしているようだった。それでも、あまり悠長にしてもいられないだろう。
エミリアンがディーノの背中から慎重にミリアを抱きかかえ、
「ちょっと、……まって」
抱きかかえられながらミリアが弱々しくこちらに目を向けていた。ようやっとといった感じで手を伸ばし、ディーノの頬に触れながら、
「ディーノ、これからどうするつもり」
なにか伝わるものがあったのだろう。ディーノがこれからなにをしようとしているのかを知って、ミリアはそのことを確かめようとしているようだった。
大丈夫。僕は大丈夫だから。
その強い意思を眼差しに込めてミリアに送り、頬に触れるミリアの手を振り払うように戦いの続く上空をするどく振り仰いだ。
雨。
戦場を塗りつぶす雨。
叩くように降りしきる雨に眼を細めながら、ディーノは告げる。
「僕は行くよ」
「……そう。気をつけて、行ったまま帰ってこないなんてイヤだからね。……ちゃんと、帰ってきて」
「うん。それじゃ、行って来ます」
ディーノは力強く羽ばたいた。
再び、空へと。
雨。
雷鳴が轟く。
オルドビス平原の上空。地上で行われている戦いはまだしばらくは終わりそうにない。
その上空ではいま、5騎の竜騎士がブラックドラゴンと戦っていた。しかし、複数人数の竜騎士を相手にしても、そいつの優位は揺るがなかった。
あっという間に、3騎がやられ、その様を見て怖気づいたのか、残りの2騎は早々に逃げ出してしまった。
おそらく、こちらにはもう気付いているはずだ。だったら、ヘタな小細工はいらない。正面から堂々と向き合ってやる。
鋭い眼光を双眸に宿し、ディーノはブラックドラゴンの目の前に対峙した。
「お前の相手は、この僕だ」
静かに、力強く宣告する。
それに対して相手は、あのほくそ笑みを浮かべながら答えた。
「死ニゾコナイヨ。イマ一度、死ニニ来タカ? ソレトモ、汝ガ主ノ弔イ合戦ノツモリカ?」
「そのどちらでもないさ。僕は死にに来たんじゃないし、それにミリアは生きてるよ」
ディーノが獰猛な笑みを浮かべる。まるでなにかの仕返しをするように、相手のほくそ笑みにたいしてディーノは鋭い笑みを叩きつけていた。
「……ナルホド。シテ、我ニナニカ用カ?」
「決まってるだろ。倒しに来たんだよ、お前を」
「フハハハハハッ!! 主人ヲ欠クウヌニ、果タシテソレガ出来ルカナ!?」
「やってやるさ、来い!」
雷鳴が轟く。
ディーノは身を翻し、急降下を始める。ブラックドラゴンが後に続く。
黒炎球。いきなり放たれた敵の攻撃をディーノは旋回して避ける。しかし、それはおそらく牽制のための攻撃でしかないだろう。
予想されたとおり、ディーノの予想進路を狙って第2、第3の攻撃が降り注ぐ。
ディーノは飛行経路を右へ左へと振り、2発目3発目をすんでのところで避けた。3発目を避けたところで身体を回転させ、大地を背にするわずかな間に火炎球を放つ。追いすがるブラックドラゴンへのカウンター攻撃。
雷鳴が轟く。
もう、避けようともしなかった。
ディーノが放った火炎球を顔面でもろに受け止めて、ブラックドラゴンはそれでも何事もなかったような表情をしていた。
当然といえば当然だった。ミリアとの合わせ技で打ち出した、巨大ゴーレムを一発で屠ったあの一撃をまともに喰らいながら生きていたんだ。ディーノが単独で放つ火炎球など痛くも痒くもないだろう。
雷鳴が轟く。
ディーノはさらに滑空を続ける。風を切って一気に上昇する。その顔には獰猛な笑みを浮かべていた。
自分の攻撃は相手に効かない。そのどうしようもない現実を目の前で見せつけられて、それでもディーノは、その眼に揺るぎない自信を宿している。
それは、自分の身体にめぐる血がさせること。それは、自分の血の中に刻まれた記憶がさせること。
なんにも根拠なんてない。あんなやつに本当に勝てるのか。すごく不安だし、怖くないなんて言えば嘘になる。
雷鳴が轟く。
だけど、分かるんだ。
ホワイトドラゴン=ブリッツェン。
その血は確かに語る。僕は負けない!
背中を狙って放たれた相手の黒炎球を避けつつ、再び下降に入る。それも地面に対して90度、一直線に。
ブラックドラゴンも追ってくるが、ディーノの下降角度があまりに鋭く、加速する中、自分の身体にぶち当たる風圧に耐えるのがやっとで、完璧にディーノの背中を捉えているのに攻撃を出すことができない。
雷鳴が轟く。
雨雲に手が届くくらいの高度からの直角ダイブ。耳元では轟々と風がうなりを上げ、置き去りにした雨粒がいまや大地から降ってくるような感覚に囚われながら、地面がどんどんと迫ってくる。ディーノが眼を向ける先は、平原の中にあった雨で増幅し巨大な水溜りとなった湿地帯。
雷鳴が轟く。
それは絶妙なタイミングだった。
おそらく、ディーノの背中にいたブラックドラゴンにはそれが見えなかっただろう。
地面まであとわずかのところで、ディーノは眼下にある湿地めがけて火炎球を打ち込んでいた。
打ち込まれた火炎球は湿地帯の水を叩き、巨大な水柱をまき起こした。
ディーノはその水柱の脇を掠めて、地面すれすれを通り過ぎ、
ディーノを追ってきたブラックドラゴンにディーノが起こした水柱が被せられる。
雷鳴が轟く。
大量の泥を含んだ水柱は、ブラックドラゴンの瞼を塞ぎ、視界を失ったブラックドラゴンは、なす術もなく、
ドーン
ブラックドラゴン自身が墜落したことによる、より大きな水柱が立ち上がっていた。
その様子を、すでに高度を回復していたディーノが見据える。
雷鳴が轟く。
どうせ死んでなどいないだろう。
それでも、あいつを地面に下ろしただけ十分だった。なぜなら、
「お前の最大の弱点は、一度地面に降りてしまうとまた飛び立つまでに時間がかかること、だろ? お前のデカイ図体を見てて、なんとなく気付いたよ。ましてやそんな水溜りの中だ」
雷鳴が轟く。
ディーノがブラックドラゴンの終焉を口にする。
「お前が空に舞うことは、もうない」
「ヌカセ! 我ヲ地ニ付ケタトコロデ、我ヲ倒セヌ事実ニ変ワリハナイ!」
「……どうかな?」
雷鳴が轟く。
ディーノの身体はその時にはすでに変貌を遂げていた。普段の黒い瞳はいまは血のような鮮やかな赤に染まり全身の筋肉が隆起して浮き出た血管が身体中を伝う。
そして、腕や足にはタトゥーを施したかように複雑な文様が浮き出し、その文様の現れた箇所に腕や足に巻きつくようにして幾重にも光の魔法陣が展開される。
ディーノの身体に流れる“稲妻(ブリッツェン)”の血が覚醒していた。
雷鳴が轟く。
羽ばたくこともせずに、ディーノの身体は宙に浮いていた。
腕や足に展開された魔法陣からはアークが発せられ、大きく開かれたままの翼からは膨大な量の電撃が放出されて、
雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。雷鳴が轟く。
ディーノの頭上。周辺の雨雲から生まれ出た十数匹の雷龍が一点へと集積し、
「消エ失セロ!」
いまだ地上の水溜りでもがいていたブラックドラゴンが、その身をもって恐怖しながら最後の抵抗を試みた。
ディーノ目掛けて放たれる渾身の黒炎球。しかし、放たれた炎の球は見えない壁に阻まれてディーノには届かない。
もう、誰もディーノを止めることはできなかった。
雷鳴が轟く。
集積した稲妻が異国に伝えられる神話の“龍”の姿を借りてディーノへと達し、ディーノが身体に纏った魔法陣を介してさらに増大され、ディーノの身体よりも大きな雷の塊となって現れた。
そして、
「くらえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
雷鳴が轟く。
放たれた巨大な雷の塊は、あっという間にブラックドラゴンを飲み込み、
爆音を轟かせて巨大な光の柱が出現し、
衝撃波が空間を伝播して世界を覆っていた雨雲を退け、
光の柱は遥か天を貫き、
その姿は、遠方のゴルドナ大陸からも捉えることができたという。
間もなく、生み出された光の柱は音もなくその姿を消し、力の出現に平伏して静寂に沈む世界の中、吹き消された雨雲の合間を縫って注がれる日の光を受けながら、ディーノはひとり静かに大地へと降り立っていた。
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