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2-2、
「二人はこれからどうするの?」
地中の厩舎から地上へと戻り王国軍兵士の宿舎へと続く回廊を歩きながら、ミリアがエミリアンとメグに声をかける。
逆さメガネを掛け直しぼさぼさの寝癖をなんとか直そうと苦戦中のエミリアンがそれに応えた。
「僕は朝食を取ったあと書庫の方に行こうかと思ってます」
「その本を返しに行くの?」
エミリアンが朝礼中もずっと小脇に抱えたままにしていた分厚い本を指して今度はメグが問いかける。
「いや、まあそれもあるけどちょっと調べごとがあるんで……」
「へぇ、なに調べるの?」
「……ヒミツです」
明後日の方向を向きながら嘯くエミリアン。その背後に黒い影が迫る。
エミリアンの肩口にセルマーの顔がぬっとせり出し、粘着質のニヤニヤとした笑顔を浮かべながら、
「書庫のネエチャンを口説き落とすための傾向と対策を調べに行くんだよな?」
ドスッ、っとかなりいい音がする。よく見るとエミリアンの肘鉄がセルマーの腹に深々とヒットしていた。
「はははっまさかそんなことあるわけがないじゃないですかそれじゃあ僕は忙しいのでお先にぃ~」
まがりなりにも隊長である人物に肘鉄を加えながら、矢継ぎ早にそれだけ言うとエミリアンは笑顔で立ち去っていった。
彼は将来大物になるな、とミリアは妙な予感を感じていた。
「メグはどうする?」
「もーいっかい寝る」
「……また夜遅くまで勉強してたんでしょ?」
ミリアの問い掛けにメグは眠たそうに目を擦りながら小さくうなずいた。
背の低いミリアよりもさらにちっこくてお姫様みちょーなフリフリのパジャマを着ているメグだが、こう見えて彼女は結構な才女であり努力家でもあった。
ミリアとは竜騎士見習い時代からの同期だが歳はミリアより2つ下で、14歳で竜騎士昇格試験合格という最年少記録を今でも保ち続けている。
現在は黒魔導特級の資格を取るための勉強中ということだった。
「あんまり無理しちゃダメよ」
「ふゎあ~い」
本城へ伸びる回廊と宿舎その他の建物に伸びる回廊との分岐点。返事をしているのかそれともただの欠伸なのかわからないが、それだけ言うとメグは問答無用で本城の方へと向かってフラフラと歩き出した。
「あー、メグちゃんメグちゃん。そっちはお城ですよ。メグちゃんのお部屋がある方とは反対ですよ」
「……う~ん。また後でね~」
わかっているのかいないのか、ミリアが声を掛けてもメグは振り返ろうともせずそのまま本城の方へと消えてしまった。
「……あの子、本当に大丈夫かしら?」
ため息混じりにミリアは溢した。もっとも、いくらメグでも城の中で迷子になることはないだろうと思いそのまま放っておくことにした。
――さて、私もそろそろ行くかな
とりあえず声だけでも掛けておこうと思い、セルマーの姿を探すと、
「…………んなろぉ~、このオレに肘鉄かますなんざ、1年と10ヶ月早いってんだ」
かなり離れたところにうずくまり、いまだ自分の部下から受けた肘鉄に悶絶している最中だった。
「……あの。私もそろそろ行きますけど、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、なに。エミリアンの肘鉄ごときに屈するオレじゃないさ、安心しろ」
言いながらセルマーは親指を立ててみせた。片膝を突いたまま。片手で腹を押さえながら。うっすらと額に汗を浮かべて。
「……隊長、説得力に欠けてます。明らかに屈しています」
「そうか?」
「ええ」
すると、セルマーはゆっくりと立ち上がり、
「ふははははっ、演技だよ演技! わざと弱っているフリをし敵が油断して近づいてきたところをこう、ズバッと突くという高等戦術を行うための鍛錬をだな、日々欠かさず行うことで自然ともう身に着けているというこの――」
「それじゃ、お先に失礼します」
「――ぬあーっ、ちょっと待ったぁー!!」
自分を捨て置いてとっとと帰ろうとしているミリアにセルマーが待ったを掛ける。
しかたなくミリアは止まりセルマーへと向き直る。
「なんですか?」
「……あ、その。悪いんだが、今日の全体会議、お前も一緒に出るように言われててさ」
どうせまたなにか戯言をのたまうのだろうと思っていたミリアにとって、セルマーの口から聞かれたその言葉はやはり冗談にしか聞こえなかった。
しかし、様子が違う。さきほどまでの小気味よい笑顔がそこにはない。
沈痛な面持ちでなぜか申し訳なさそうな表情を浮かべ、声はようやく絞り出しているように弱々しくいつものような覇気がない。
それはとても冗談や演技によるものではないように思え、ミリアは思わず身を正していた。
「……全体会議って。わたし、なにか呼び出しでも受けたんですか?」
「まあ、そんなところか。なんでも一昨日の敵拠点鎮圧の報告を聞かせてもらいたいんだそうだ」
「……それだったら、昨日隊長に報告したとおりです。それ以上のものはなにもないですよ。それに、その事なら昨日の全体会議で隊長の方からもう報告したんじゃないんですか?」
「いや、それがな。第Ⅰ小隊の連中が本人から直接話を聞きたいとか言い始めてさ。『本人まだ疲れているだろうから』とかテキトーなこと言ってなんとか誤魔化そうとしたんだけど、奴ら今回は退こうとしなくて……」
ああ、なるほど。
ミリアは思う。
いつもの嫌がらせか、と。
「悪い、オレの力不足で」
「いえ、いいですよ。そういうことなら、仕方ありませんから」
別に、自分が嫌がらせを受けることはいい。それよりも、そのことでセルマーが責任を感じ落ち込んでしまうことの方がミリアには辛かった。普段は子供のようにおちゃらけている第Ⅲ小隊の隊長が、実のところ自分の部下に対して十分すぎるほどの気配りをしていることをミリアは知っている。
この人に必要以上の気苦労を掛けたくない。それはミリアの本心だった。
「……それじゃ、わたし準備してきます。さすがにこの格好のままじゃマズいですからね」
自分の服装を指しながら小さく微笑む。ミリアなりのセルマーに対する精一杯の気遣いがそこにはあった。
それに対して、セルマーは自嘲とも苦笑いともとれる曖昧な、それでも確かな笑顔で応えた。
「すまん。頼む」
「一昨日、エイリル王暦745年9(アクラブ)の月19日、20:15に第Ⅲ小隊隊長セルマー=グリッジ大尉よりの命にて、ホワイトドラゴン・ブリッツェン=ディーノに騎乗し単騎で出撃。同21:09に東地区ベントレー村付近の上空より敵ラスタ帝国の拠点を確認」
エイリル城1階。東・中央・西とある大回廊。エイリル王国軍が常用する大会議室はその中の東回廊の一番奥にあった。
部屋の一番奥。重厚な扉を開け、中に入るとすぐに目に入ってくる位置にエイリル王国旗と王国軍旗が並んで掲げられている。
部屋の中央には巨大なテーブルが備え付けられ、その上にはユディウス大陸が描かれた大きな地図が常に広げられていた。
テーブルをぐるりと囲むようにして50席近くの椅子が置かれているが、現在その席はほとんど埋まっていた。
「同21:15に上空より進撃を開始。約20分ほどでほぼ敵拠点の制圧に成功。ベントレーに常駐している後続の神剣騎士団重曹歩兵隊・第6小隊の到着を待ち、同日、22時過ぎに同第6小隊隊長・ライアン=マックナー少尉に引継ぎを行い、任務完遂」
王国軍総司令官に百竜騎士団・神剣騎士団の両団長と副団長。現在、王都に残留中の各小隊の隊長延べ14名。さらには宰相や取り巻きの大臣、秘書官、法務を司るリルキスの枢機卿まで顔を揃えていた。
皆一様に活版で印刷されたミリアの報告書の複写を手にし、静かに文面に目を通している。そんな中、ミリアは1人立ち直筆オリジナルの報告書を手に一昨日の任務の内容を報告していく。
「報告書の後半、時間が明記されていないのは戦闘の際、懐中時計を破損してしまったためのものです。記載されている時刻も推定の時間になってしまっていますが、引継ぎの明確な時刻はマックナー少尉の報告書の方に載せられていると思われますので、そちらの方を確認していただければと思います」
いったいなんのための報告なのか。この報告書自体、昨日のうちにすでに回され報告自体もセルマーが昨日の全体会議で終わらせているはずだ。
本来なら、わざわざミリアが出張ってまでやる必要なんてどこにもなかった。任務の内容も報告書の内容もなんら問題があるようには思えない。
命令を受け、この時刻に任務を遂行しこの時刻には完了しました。
簡単にいってしまえば、報告書に書かれている内容などその程度のことでしかない。はっきり言って、問題とされることの方がおかしいのだ。
「わたしからの報告は以上です。なにかご質問はありますでしょうか?」
ミリアは皮肉をこめて、居並ぶ面々に静かに言葉をぶつけた。
この会議の目的など知れている。要は嫌がらせだ。
たとえ、直接眼を見なくてもミリアには分かる。エイリル城一階、東回廊の一番奥、軍関係者御用達の会議室に置かれた巨大なテーブル、そこを囲うように座っている面々の中から、憎嫉とも讒謗とも嫌忌とも取れる、およそ考え付くすべての悪意が自分に対して――セルマーに対しても向けられていることを。
それらの悪意のほとんどは竜騎士団の第Ⅰ小隊の面子から向けられている。
認めたくない。お前らなんかに功績を持っていかれてたまるか。出しゃばるな、引っ込んでろ。お前らはお飾りでもやってればいいんだよ。
それが、向けられる悪意の総意だった。
セルマーが率いている第Ⅲ小隊の歴史は浅い。その発足はわずかに6年前である。第Ⅲ小隊の発足自体がかなり実験的なもので、未だにセルマー、ミリア、エミリアン、メグの第一期メンバー4名しか所属していないというかなり特殊な部隊だった。
小隊自体がいわば駆け出しの新人のようなものだ。しかし、その駆け出しの新人がこの6年間で成し遂げた功績は非常に大きい。
悪意が向けられる原因はそこにある。
――なんて、陰湿な人たちだろう。
そんなに他人が台頭するのが嫌なら、初めから任務をこちらにまわすようなことをしなければいい。今回の件だって「そんなちゃちい仕事、俺たちに出来るか!」といって第Ⅲ小隊に振ったのは、なにを隠そう第Ⅰ小隊なのだ。
ミリアは思う。
彼らにとって誤算だったのは、おそらくはあの巨大ゴーレムの存在だろう。それさえなければこの件も「ちゃちい仕事」で納まっていたはずだ。私がこの会議に出席することもなかっただろう。
「報告書の中に“ギガンテス級を超える巨大なゴーレムと接触しこれを撃破した”とあるが、これは本当のことなのかね? ライアン=マックナー少尉の報告書にはそのような残骸があったことはひとつも記載されていないんだがね。なにか、それを示すだけの証拠は残ってはいないのかね?」
ミリアの「質問はないか?」との問い掛けに第Ⅰ小隊γ班の小隊長、ユーリア=カウフェンが待ってましたとばかりに勢いよく手を上げて発言する。ミリアの予想通り、その内容は巨大ゴーレムに関してのことだった。
「報告書に示したとおり、件のゴーレムはストーンゴーレムでした。打ち砕いたと同時にもとの石や砂にすべて分解されてしまい、残骸が残らなかったものです。小隊長殿がおっしゃるとおり証拠はなにひとつ残ってはいません。しかし、私が件のゴーレムと交戦したのは間違いのない事実です」
今までにないほどの巨大ゴーレムが存在するという情報と、そのゴーレムの撃滅という功績が“非運にも”第Ⅲ小隊に転がり込んでしまった。
しかし、それは自業自得のことだ。
そのことに関して妬みの視線を向けられる覚えはミリアにはない。はっきり言って逆恨み以外のなにものでもない。不条理にもほどがあるというものだ。
それでも、相手の尋問は続く。
「いやいや、別に私はゴーレムと交戦したことそのものを疑問視しているのではないんですよ。問題としているのはあくまでそのゴーレムの大きさです」
要するに彼らはその事実を認めたくないわけだ。ゴーレムの件が本当のことであったかどうかではない。その手柄がいま現実にミリアのものとして認められようとしている事実が忌まわしいのだ。
たとえ事実を歪めてでも阻止してやる。
そんな悪辣な視線がミリアへと注がれている。
「なにしろ単騎による基地制圧という大変な任務だ。気持ちが高揚し、その緊張感はピークにあったはず。しかも、時間はもうとうに日の沈んだ夜中だった。そんな状況下で必要以上に敵が大きく見えていたと考えられなくはないですか? それに、なにしろ前例がない。ギガンテス級を超えるゴーレムなど、存在しなかったんじゃないんですか?」
自分が絶対的優位に立ったことを確信して浮かべるギラギラとしたほくそ笑み。目が、目だけが笑っていた。それは、弱者を徹底的に痛めつけた時に強者が浮かべる狂気にも似ていた。
いったい彼らはなにと戦っているのだろう?
あの勝ち誇った笑みはなんのためなんだろう?
別に手柄などほしくはない。私はただ、自分の生まれ育った国が平和であることを望んで自分の任務についているだけだ。そんなに手柄がほしいならくれてやる。救いようもなく下劣なあなたたちに。
よっぽど言ってやりたかった。激情や憤怒に任せるわけではなく、ただ平然と静かに。
たしかに証拠は残っていない。見間違えていた可能性も否定はしない。
それでも、私が見て、戦って、打ち倒した事実はたとえ神であろうと覆せない。その信念があるのだから。
次の言葉を発しようとミリアが口を開きかけた時、
「そのゴーレムについてなんだが、同じくベントレーに駐在していたウチの魔導士部隊からある報告が上げられているので発表させてもらっても構いませんかな?」
罵り合いに発展しそうな勢いの二人の竜騎士をなだめるようにして、神剣騎士団の団長を務めるエド=マクベインが静かに割って入った。その視線はミリアとユーリアに交互に向けられた。他でもない、当の二人に割り入ることの承諾を求めているようだった。
「……お願いします」
ミリアは軽く会釈しながら答え、ユーリアも渋々ではあったがそれに従った。
エドは二人の返答を確認して「ありがとう」と小さく口にしてから、今度は視線を真横にいた自分の部下へと向けて件の内容を発表するようにと促がした。
それまで、ほとんどの出席者が「なんでお前みたいなのがここにいるんだ?」と感じていたであろう、神剣騎士団の団長に引っ付く様にして座っていた魔導士部隊のまったくの一介兵が一枚の紙を手に緊張の面持ちで立ち上がった。
少し上ずった声で、
「えぇーっ。そ、それでは発表させていただきます。一昨日、エイリル王暦745年9(アクラブ)の月19日に、百竜騎士団第Ⅲ小隊副隊長のミリア=エトワール殿の鎮圧なされた基地周辺を、えっと、昨日、エイリル王暦745年9(アクラブ)の月20日に第Ⅲ小隊隊長セルマー大尉殿の報告をもとに、私たち神剣騎士団第2魔導士部隊が魔法が使われた後に残る魔法残痕、魔法使用に伴うエーテル消費量と」
「前置きはいいから、結果だけ報告したまえ!」
早々に痺れを切らしたのか、ユーリアが声を荒げた。
かわいそうに、怒鳴られた一介兵の青年はさらに緊張の色を濃くし、声を震わせながら続ける。
「す、すいませんっ! と、とにかく件の基地周辺を調査した結果、周囲3km四方の空気中に含まれているエーテル値が0.005‰と極端に低くなっていることが分かりました。この数値はたとえミリア殿が魔法による攻撃を行っていたことを考慮に入れてもあまりに低い数字です。たとえば、ミリア殿がクラスター系の最大級魔法を使用していたと仮定しても、推定されるエーテル消費量はギガンテス級のストーンゴーレム、5~10体分に相当すると思われます。実際にこちらの報告書にあったような巨大なゴーレムが本当に生成されたという確固たる証拠はなにもありません。ですが、それに相当するだけの膨大な量のエーテルが消費されていたことは間違いのない事実です。以上です」
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