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このページは定期更新型ネットゲーム「FALSE ISLAND」に参加しているEno.1551の中の人がいろいろとぼやく場所です。わからない人は回避で。
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2-3、
「まあ、なんとか一件落着っていったところかな」

 全体会議を終え二人して宿舎へと戻る道すがら、セルマーがホッと胸を撫で下ろしながら呟いた。その胸を撫で下ろすしぐさがあまりに子供っぽくて、横で見ていたミリアは思わず噴き出してしまった。

「な、なんだよ。笑うことないだろ、まったく」

「だって、隊長大げさなんだもの」

「そんなこと言ったってなぁ。……だいたい、誰かさんのせいで会議中ヒヤヒヤもんだったんだからな」

「……えっ? それって私のせいですか?」

 セルマーの思わぬ告白にミリアは目を丸くしていた。言い方からして、セルマーの言う誰かさんが自分を指していることは大体見当がついた。しかし、会議中にそんな隊長をヒヤヒヤさせるようなことをしただろうか? ミリアには覚えがなかった。

 あからさまに「なんで?」という疑問符を顔にくっつけてでもいたのだろう、ひとつ大きくため息を吐いてからセルマーはすばやくそれに答えた。

「ユーリアとの問答だよ。バチバチ火花なんか散らしちゃって。まったく、あのまま殴り合いの喧嘩になるんじゃないかって正直ドキドキものだったぜ」

「えっ、そんな。私がそんなことするわけないじゃないですか」

「いいや、横で見てて目が怖いほどマジだった。『お前ホントぶっ飛ばす!』って顔に書いてあったよ」

 そういいながら、自分で怖い顔をしてみせるセルマー。どこかコミカルなその表情は余計にミリアの笑いを誘った。沸きあがってくる笑いをどうにか止めながらミリアは反論する。

「でも、突っかかってきたのは向こうの方ですよ、間違いなく。それに、私だって不機嫌な顔のひとつやふたつしますよ」

「そりゃそうだろうけど、でもあそこに出向けば突っ掛かられるなんてはなっから分かってたことだろ?」

「まあ、そうですけど」

 しかし、それではつまらない仕事だからと他人に押し付けておいて、実はそれほどつまらなくない仕事でしたって結果が出たとたん、自分たちから仕事を振ったというのを棚上げにして非難を浴びせてくるという状況に甘んじろということになる。いくらなんでもミリアには出来ないことだった。

 ――だいたい、隊長はヒトが良すぎるのよ。

 きっと今回の任務だってそうだろう。「俺ら忙しいからお前んとこでやってくんない?」とかいう言葉をなにも疑いもしないで二つ返事でオッケーしたに違いない。

 そのこと自体は別に構わない。与えられた任務を全うするのが自分たちの務めであることに変わりはないのだから。しかし、もうすこし人を疑うということをしてもらいたいとミリアは思う。

 そんな副隊長の気持ちなど知る風もなく、セルマーは大きく伸びをしてドでかい欠伸をかました。

「ふぁあああっ、しっかしあそこでエド団長が間に入ってくれてよかったよ。そうでもしなきゃ全然納まりつかなかっただろうなぁ」

「…………ええ」

 あのあと、エド団長が従えてきた青年の調査報告により会議は一気に終幕へと向かった。

それまで、血気盛んだったユーリアを始めとする第Ⅰ小隊の士気はその発表によって急激に失速し、影を潜めてしまった。

結局、ミリアの報告は満場一致で事実であったと認められることになり、そのあとギガンテス超級の巨大ゴーレムに対する緊急対策部隊の設定が提案されて会議は終了した。

 もし、あそこであの発表がされなかったら、あるいは本当に殴り合いの喧嘩に発展していたかもしれない。

「あの人のことだから、こうなることを始めから予見してたんだろうな」

「多分、そうでしょうね」

「――ああ、そういえば、お礼言うの忘れてた。後でエド団長にお礼言っておかないと」

「私を呼んだかね?」

 その声はいきなり二人の背後に現れた。

後ろなどまったく気にも留めていなかった。

突然、現れた背中の気配に驚いてセルマーとミリアは「うわっ」とか「ぬおっ」とか間抜けな声を発しなら後ろを振り返る。

 そこには渦中の人物、神剣騎士団団長のエド=マクベイン、その人が立っていた。

 団長殿がいつも称えているさわやかな笑顔が二人には眩しかった。

「こ、これはエド団長殿っ! そこにいらっしゃるとはつゆ知らず、まことに失礼致しました!」

 自分たちを呼び止めた人物を確認するや否や、スパッと最敬礼をするセルマーとミリア。この辺は悲しいくらいに職業軍人然としている。

「フフッ、そう硬くならなくともよい。それにいまは任務外だ。敬礼など必要ない。解いて、楽にしてくれて構わんよ」

「はっ! それではお言葉に甘えさせていただきます!」

「うむ。して、先ほど私の名を聞いた気がしたのだが、なにか用でもあったかね?」

「あ、いえ。先ほどの会議での合いの手、誠にありがとうございました!」

「ああ、いやなに。軍人として当然の責務を果たしただけさ。例を言われるほどのことでもないよ。……それよりも、ちょっとよいかね?」

 そう言いながらエドは、セルマーにではなくミリアに手を差し伸べていた。

 さわやかな笑みを絶やさぬまま手を差し伸べるエドにミリアは戸惑いを隠しきれない。

 それ以上に、エドがミリアに個人的に声を掛けてきたことに驚いていた。

「……わたし、ですか?」

 真偽のほどを確認するが、エドは当然のことのように小さく頷いただけだった。

 ミリアはまるで迷子のような頼りない眼差しをセルマーに向けた。その真意を悟りセルマーもエドに訊きなおす。

「……あの、ミリアでよろしいのですか?」

「ああ、そうだ。彼女に少し話があるんだ。しばらくの間、彼女のこと預かってもよいかな? セルマー大尉殿」

「……よろしい、のですね?」

「ああ、もちろん。なにか問題でもあるかな?」

 セルマーの再度の問い掛けにもエドはさわやかな笑顔を崩さなかった。

 団長に向かい、再び敬礼をしながら、

「いいえ! 滅相もございません! どうか、宜しくお願いいたします!」

 セルマーは高々と声を発しながら、ミリアの背中を静かに押した。そして、「それでは失礼したします!」と言いながら後ろに振り向きざま、

『行ってこい』

 声にこそ出さなかったが、セルマーの口はたしかにそう動いていた。少なくともミリアにはそう見えた。

 そのまま、エドとミリアの二人を残してセルマーは早々とその場を立ち去ってしまった。

「…………」

「…………」

 取り残される形になったエドとミリア。

しばらくの間なにを話していいかわからず、二人は目を合わせることもなくその場にただ呆然と佇むばかりだった。

やがて、

「……まあ、ここで立ち話というのもなんだから、場所を移動しようか?」

「…………はい」

 沈黙に耐えかねたように搾り出されたエドの申し出にミリアは戸惑いながらも素直に従った。互いに少し距離を置きながら、二人は再び本城の方に向かって歩き出した。

 

 

 

「もしかしたら、余分なことだったかもしれないな。お前に余計に怨嗟の眼差しが向けられる、その原因になってしまったか?」

 場所は会議室。先程まで全体会議が行われていたところ。

 いまはもう、出席者はみな出払ってしまい誰もいなくなっていた。

 ――ここなら当分誰も来ないだろう。

 エドはそう言いながら扉を開け、ミリアを中へと導き入れた。

 いま、ここにはエドとミリアの二人しかいない。

「いえ、いいんですよ。あそこであの報告が出てこなかったら、たぶんいまだに会議終わってなかったと思うし」

 窓際の椅子に腰かけ、少し俯きがちに話すミリア。それに対してエドは、ミリアに背を向けずっと窓の外を眺める格好で――ミリアとエドは、まるでそれが必然とでも言うように背中を向け合った状態のまま話をしていた。

 これはエドとミリアが1対1で話をする時に決めたひとつのルールだった。こうすれば万が一誰かに見られても、少なくとも親しそうにしているようには見えまい。

 二人にはそうする必要があった。

「それにしても、団長が私をお呼びになるなんて珍しいですね」

「……よしてくれ、二人の時に“団長”はないだろ?」

「……あ、ごめんなさい“エド伯父さん”。いつものくせで、つい」

 ミリアは照れ隠しのように小さく笑う。それにつられ、外を向きっぱなしではあるが、エドの顔も若干和らいだように見える。

 実を言うなら、この二人には血の繋がりが存在する。

神剣騎士団の団長と百竜騎士団第Ⅲ小隊の副隊長。それとは別に、伯父と姪という関係が二人の間にはあった。

「でもビックリしちゃった。伯父さんから話しかけてくるなんて初めてだったから」

「いや、なに。おまえと話をする機会が最近めっきり減ってしまったからな。たまには姪と二人で話をしてみたいと思ったまでのことだよ。会議にお前の顔があったとき、ちょうどいい機会だと思ってな」

 ミリアは少し俯きがちにテーブルに向かって話し、エドはまっすぐ外を向いたまま窓に向かって話す。二人が目を合わせることは決してなかった。

 神剣騎士団の団長と百竜騎士団第Ⅲ小隊の副隊長という関係。それが二人を邪魔している。

 親族は親族を贔屓する。血の繋がりがあれば少なからず情が移る。

 世俗一般ではそれは普通のことだが、結果としてそのことが周りからミリアに向けられる妬みの視線を助長することになっている。

 てめぇは間違いなく上に行くんだろうよ。なんつったって伯父さんが団長殿を勤めておられるんだからな。伯父さんに取り立てられて、せいぜい出世でもしろや!

 それが、ミリアに向けられる悪意の正体。

 それはミリアにとって、エドにとっても、まるで謂れのないことだが周りはそうは思ってくれない。

つまりは、いま二人が身をおく世界はそういう世界だった。

伯父と姪でロクに話も出来ない。目を合わせることすら憚られる。

そういう世界だった。

先ほどの「余分なことだったかもしれない」というエドの一言はそのことに由来している。

誰かが会議室の前を通り過ぎる。二人しかいないこの静まりかえった空間では、外を歩く人の足音さえ容易に聞こえてきた。

二人とも息を潜めて、足音が無事に通り過ぎるのを待つ。

足音はそのまま、会議室の前で止まることなく通り過ぎて遠くなっていった。

 それでもしばらくの間、二人に会話は戻ってこなかった。

 ミリアは俯いたまま、髪をいじくってみたり指を絡めてみたりしながら、所在なさげに沈黙の時間を過ごした。

 そして、なんの気なしにセルマーの言葉を思い出す。

『行ってこい』

 声にはしなかったその言葉。そこに含まれている意味合いは大きいと思う。

 当然のことながら、セルマーもミリアとエドの関係を知っている。おそらく、彼が本当に伝えようとしていたのは、

『行って、たまには甘えて来い』

 たぶん、そんなところだろう。

 しかし、ミリアにはそれができない。

 人目を憚るということもあるけれど、他人に甘えるというのが純粋に気恥ずかしかった。

 いつも気丈に振舞っているミリアも、時として誰かに甘えたいくらい挫けることもある。ちょうど、今もそんな状態だった。セルマーが気を使ってあんなことを言ったのも、おそらくはその辺のことを察してのことだっただろう。

だけど、そうやすやすと甘えてなんかいられない。

 その気持ちはあっても、行動には移せない。

 素直じゃない。

 自分でももっと素直になれればと思うのに、

 ――私って、可愛くないよね。

 そんなことを思いながら、ミリアは微かに自嘲の笑みを浮かべた。

 誰が見ているわけでもないだろうに、そんなことを考えている自分が余計に気恥ずかしく思え、ミリアは気持ちのやり場に困って、耳の辺りをぽりぽりと掻きながら、

「……まだ、スノートのこと、引きずっているのか?」

 ミリアの手が止まった。

 エドが発した不意の一言は、ミリアの時間を止めるに十分な重みを持っていた。

 急に息苦しさを感じる。鼓動が乱れ、息が出来ない。

 ――だいじょうぶ。いまならもう、ちゃんと自分の過去を見つめることができる。

 胸を押さえながら、自分に言い聞かせる。深く目を閉じ、必死に自分を落ち着かせようとする。間もなく乱れた鼓動は元に戻り、ミリアは息苦しさから解放される。

 それでも、再び開かれた瞳は少し潤んでいた。

「……まだ、駄目なようだな」

「…………」

 沈黙はそのまま肯定に繋がる。

 それを受けて、エドはひとつ大きく息を吐き、

「もう、あれから4年も経つのか」

「――なんで、まだ引きずっているって……?」

「だてに血は繋がっていない、ということだよ。特にお前はリリスに――お前の母さんにそっくりだからな。目を見ていればなんとなく分かる」

「……そう」

「……スノートの息子には、ディーノにはもう話したのか?」

「ううん。……まだ、話してない。……まだ当分、話せそうもない」

「――そうか。……あまり、自分を追い込もうとするなよ。もう、4年だ。そろそろその呪縛から自分を解いてやったらどうだ? ……こんな言い方はしたくはないが、この場所に身を置くかぎり、それは必ず」

「また、夢を見たの。スノートの夢を」

 エドの言葉を遮って、ミリアは誰もいないと仮定された空間で虚空に向かいひとり独白するように話し始めた。

「とても暖かい夢。ディーノがまだ卵の中にいる頃の夢。卵の中にいる赤ちゃんのことをふたりで話しながら、はしゃいでた。私とスノートと卵のディーノ。明るい光に包まれた世界の中で、あるのはその3人だけなの。とても、とても幸せな気持ち。ディーノのお父さんて誰なのって聞いても、スノート教えてくれなくて……。なんでだろう? とても幸福な夢のはずなのに、目が覚めると私いつも泣いてる」

 言葉が止まらない。

 溢れるものが抑えられない。

 一糸も纏わぬ産まれたままの姿で暗闇の中に置き去りにされたような気分になる。

 自分のあばらに自らの手を差し込み、肉ごと自分の胸を抉じ開けてその中に納まっていた黒い塊を世界に見せつける。放たれた心の暗部がそうやって世界の光を駆逐し、

 正常な意識は千々に散った。

 ただ、言葉だけが垂れ流される。

「……スノートがそんなのを望んでいないなんて分かってる。彼女ならきっと、『私のことなんか忘れて』って言うと思う。それは分かってるの。でも、私忘れられない。私、自分の呪縛を解けない。もし解いてしまったら、その代償として、スノートと過ごしたあの楽しかった日々さえ忘れてしまいそうで、私、怖い」

 まるで現実を直視することを拒むようにミリアは両手で顔を覆い、押さえきれず嗚咽を漏らし始めていた。


↓NEXT Dragonballade chapter2-4
http://damennzwalker.blog.shinobi.jp/Entry/12/

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