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5、
エイリル王都からはだいぶ離れた片田舎。広大な牧草地が広がるなかにぽつんとひとつ白い建物が建てられている。
建物はなにかの寮のようにも見えるし、学校のようにも見える。しかし実際にはどちらとも違っている。入り口の門のには“療養所”の文字があった。
ここはその名のとおり、エイリル王国軍兵士が重度の怪我を負った際に、ここでしっかりと傷を治すためにと建てられた軍部私営の療養所だった。
東の棟の一階、一番奥の部屋。天井も壁も白で統一された清潔感あふれる部屋、その窓際に置かれたベッドにミリアの姿があった。
1ヶ月ほど前、オルドビスの第2防衛ラインを背にラスタ帝国軍との間に戦いが起きた。現在この療養所にいるものはほとんどがその闘いの時に負傷したものたちだった。
あの日、ミリアはブラックドラゴンの黒炎球を体に受け、全身火傷を負った。ここに運ばれてきた時、顔にも包帯が巻かれそれが誰なのかすら分からないような状態だったが、今ではそれも取れ――いまだに体のあちこちに包帯を巻かれてはいたが、とりあえずそれがミリアであることが分かるくらいには回復していた。
そうなってくると、問題がひとつでてくる。
「…………ヒマだ」
傷は完治していないものの体は十分に動かせる。しかし、まだ完全に直ってないのだからという理由で患者は安静にして寝ていることを強制される。たとえ、動き出すことを許されてもそれは療養所内に限定される。
できることが増えていく一方で、無茶をしてはいけない、やってはいけないことも増えていく。そのギャップの中に生まれる鬱積がピークに達する時期。
そんな時期にミリアもさしかかっていた。
ここに入れられて、しばらくの間はセルマーやメグやエミリアンなどが頻繁に見舞ってくれていたが、最近ではその数も減り話し相手にも事欠いていた。
他にやるべきこともなく、しかたなくミリアはベッドに横になり退屈に本を読む毎日を続けていた。
しかし、元来それほど読書が好きではないのでそれにもすぐに飽きが来てしまう。
そうすると、もうやることがなくなってしまう。
そんな鬱屈な日々に突然一筋の光が舞い降りた。
「ミリア~ッ、お見舞いに来たよ~」
ディーノだった。
パートナーの姿を窓の外に見た瞬間、ミリアの心はすでに決まっていた。
ミリアの顔に小悪魔な笑みが浮かぶ。
「さすがね、タイミングがよく分かってるわ」
「えっ? なに? なんのこと?」
戸惑うディーノを尻目に、ミリアはそそくさとベッドを抜け出し寝間着のまま鞍も着けられていないディーノの背中に飛び乗った。
「ちょっとお散歩にでも行きましょう」
「……え? 出ちゃっていいの? ホントに?」
「だいじょぶだいじょぶ。構わないから、行っちゃって」
ミリアの言葉を受けてディーノが大きく羽ばたく。ふたりはあっという間に天高くへと昇っていってしまった。
風を受け、空を駆る。
1ヶ月ぶりに乗ったディーノの背中がすごく気持ちよく感じた。
ディーノも1ヵ月ぶりに背中にパートナーを乗せての飛行にずいぶんと満足げだった。
ディーノが言う。
「ねえ、ミリア。僕ね、ついこないだずっと探してたものをやっと見つけることができたんだ」
「探してたものって?」
「ヒミツ」
「なにそれ。いいじゃない教えてくれたって」
「イヤだよ。恥ずかしいもの」
まるで春画を初めて見た少年みたいなセリフ。ミリアがからかうと、ディーノは「そんなんじゃないよ!」とあわてて反論した。
その慌てぶりが相当おかしかったのか。ミリアの爽快な笑い声が空に響く。
「そんなに笑うことないじゃないか!」
「ご、ごめんごめん。だって、すごいおかしかったんだもの」
「もーっ」
「わかった、わかったから。そんなに怒らないで。――それで? 探してたものをやっと見つけたってとこまではいいわね」
「……うん」
ミリアに続きを促がされ、それでもディーノはしばらく言い淀む。
やがて、小さく口を開き、
「……それでね、僕は決めたよ。そのやっと見つけ出せたものを僕はなにがあっても守って行こうって決めたんだ。だから、ミリア」
「? なに?」
「これからもよろしくね」
一匹の白い竜が東の空へと飛んでいった。
-Fin-