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このページは定期更新型ネットゲーム「FALSE ISLAND」に参加しているEno.1551の中の人がいろいろとぼやく場所です。わからない人は回避で。
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3-1、

 なんで、メシャンはあんなことを僕に話したんだろう。

 なんで、こんな間の悪いときに出撃なんてしなくちゃいけないんだろう。

 僕、ほんとはいま、とても気乗りしていないんだ。

 ねえ、ミリア。ミリアはどう?

 もしかして、ミリア泣いてたでしょ? 厩舎に入ってきたとき、もうゴーグルを掛けていたよね。いくらなんでもそんなに目を晴らしていたら、ゴーグルで隠したってわかっちゃうよ。

 なにがそんなに悲しいの? なにがそんなに辛いの?

 ……実はね、僕もいま、おんなじような気持ちなんだ。

 ねえ、ミリア。メシャンはなんで僕にあんな話をしたのかな?

 全然知らなかったよ。僕のお母さんと、ミリアの最後の物語を。

 ミリア、一度も話してくれないんだもの。僕のお母さんが死んでしまった最後の日のこと。

 なんで隠してたの? そりゃあ、話されたら驚かないはずはなかっただろうけど……。

 でも、変なんだよ。

 メシャンの話だと、お母さんは僕が卵から出てくる前に死んじゃっているはずなんだ。だけど、僕はどこかでお母さんに会ったことがある気がする。

 それは、そう。卵から外に出た、いちばん最初の朝だったと思う。

 お母さんは、卵から出てくる僕をじっと待っていてくれたんだ。そして、あのいつもの暖かい声で「おはよう」を言ってくれた。

 まだ、外の世界に出たてで眼がかすんでよく見えなかったから、お母さんの顔、実はよく憶えていないんだ。

 あの時、もうすでにお母さんが死んでしまっていたのなら、“あのお母さん”はいったい誰だったんだろう?

 

 

 

 なにがきっかけだったのかはわからない。

 しかし、その話は4匹の前にふって湧いたように現れ、幾ばくかの居心地の悪さと暗い影を落としていった。

 ハリィとメシャンとシルフェス、そしてディーノ。それは、百竜騎士団第Ⅲ小隊に所属する4匹のドラゴンがいつものように寄り集まって、いつものように談合に耽っていたときの事だった。

 なにがきっかけだったのかわからない。どこをどう転んでその話に結びついたのか、今となってはそのことを思い出せるものは4匹の中にもいなかった。

 口を滑らせたのはメシャンだった。

「そういやぁ、スノートが死んでからもう4年も経つんだよなぁ~」

 そんな、なにげない一言。普通に聞いていれば普通に聞き流されていただろう。しかし、いちばんいけなかったのはそのひとことを言った後に、メシャンがあからさまに「まずいっ!」という表情を浮かべたことだった。

 その表情を、ディーノが見てしまっていたのもいけなかった。

 大体、ディーノには“スノート”という名前に聞き覚えがなかった。その名前は、特にディーノが産まれてからは、残りの3匹の中で禁忌(タブー)とされてきた名前だった。

「……そのスノートって誰?」

 当然のようにディーノの質問が3匹に向けられた。

 「まずいっ!」の後ではもう誤魔化しようがなかった。

 もちろん、3匹とてその事実がいつまでも隠し通せることではないことぐらいはわかっていた。しかし、どうせ話すのでもパートナーのミリアから話があるべきだと考えていた。なによりスノートの事でいちばん傷ついているのは、他でもないミリアだ。

 そのミリアの気持ちが整理されないうちに、自分たちからディーノに話をしてしまうのはミリアを余計に追い込むことになってしまう。セルマーのパートナーであり4匹の取りまとめ役でもあったハリィがそう考え、残り3匹の中での禁忌が設定された。

 のだが。

「いーじゃねーか。いずれは話さなくちゃならねぇ事なんだかっさ。それにもう、4年も経ってんだぜ? ミリアの方だってもう気持ちの整理くらいついてんだろ?」

 メシャンはそう言うが、果たしてどうだろうか。

 時々見せるミリアの憂いた表情を知っているハリィには到底、ミリアがスノートの一件を克服できているようには思えなかった。

 それでも、時は戻せない。もうディーノには、話すほかなかった。

 ――今日は、嫌な日だ。

 メシャンとシルフェスが4年前の話をディーノにしている中、ハリィはひとり頭上に開いた長方形の空を見上げていた。

朝はあんなに晴れていた空が、いつのまにか泣き出しそうな曇り空に変わっていた。

やがて、メシャンとシルフェスの話が終わる頃、厩舎の中が急に慌しくなった。

他の隊の竜騎士たちが次々にやって来て、ドラゴンに跨り空へと消えていく。そのとり急ぎようは尋常ではなかった。

エイリルとラスタの戦況になにか激変が生じたことは明らかだった。それも悪い方向に。

――今日は、嫌な日だ。

ハリィは思う。4年前のあの日には、とてもいい日々が続く中に突然悪いことが舞い降りた。でも今日は違う。立て続けに悪いことが起きている。

 まるで、タロットに描かれた“逆位置の運命の輪”が静かに回りだしたかのように。

そして、それが意味するのは、

 “運勢の悪変” “不運” “宿命から逃れられない”

 言いようのない不安をハリィは抱いていた。奇しくもそれは4年前のあの日、ミリアが抱いたのと同じ不安だった。

 だから、ミリアが厩舎に姿を現した時ハリィはミリアとディーノを行かせたくはなかった。しかし、

「緊急事態! 私だけ先行するからって隊長に伝えておいて! ディーノ、行くわよ!!」

「うん!」

 必要事項だけを手短に伝えるだけのミリアを背に、思いのほか平然とした風のディーノは早々と宙へ舞い、

「――ちょっと、ミリア! まっ」

 ハリィの言葉を待たずして、いまにも泣き出しそうな曇り空へと飛び出していってしまった。こうなると素早さを身上とするディーノに追いつく手立てはハリィにはない。

「ミリア、……ディーノ」

 結局、ハリィに出来たのはふたりの後姿を見守ることだけだった。


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2-4、
 私はあの日のことを忘れない。

 4年前のあの日、今よりも少し戦場が静かだったあの頃。

 珍しくかかった出動要請に、私は言い知れない不安を覚えていた。

 断ろうと思えば出来たと思う。スノートは卵を産んだばかりで、体力がしっかりと回復しているかどうかははっきりいって微妙だった。

 それに初めての子供だ。スノート自身、多少なりとも戸惑う事はあったはずだ。そんな状態で戦場に向かうのは危険なことだ。それは、私もおそらくスノートも分かっていたはず。

 だけど、戦場に赴くことを決めたのはスノート本人だった。

「私は大丈夫だから」

 いくら止めようとしても、スノートはそう言い張るばかりで聞こうとはしなかった。

 しかたなく、私は押し切られる形でスノートの背中に跨り、空へと舞い上がった。

 別に、彼女が戦いを好んでいたわけではない。彼女がそう望んだのはきっと、百竜騎士団に所属するドラゴンだという強い自負があったからだと思う。

 彼女は私と組む前から、非常によく訓練された優良なドラゴンだった。

……いい意味でも、わるい意味でも。

自国と敵国とが鍔迫り合いを繰り広げる広大な草原。私たちはその草原を低空で駆け抜け、ゴーレムやトロルの部隊を蹴散らして回っていた。

あれは、不運だったとしか言いようがない。

たった一本の弓矢だった。

誓ってもいい。あれは決して、狙って放たれた一発なんかじゃない。

私たちはあの時、低空を猛スピードで飛び回っていた。もしあの状態で、狙って当てられるというならそれはきっとロビンフットやウイリアム・テルも顔負けの名手だったに違いない。

それに普通なら、弓矢の一本や二本くらいスノートの着用していた甲冑が弾いてくれていたはずだ。

あれは、不運だったとしか言いようがない。

それでも、不運であろうと偶然であろうと、それが現実に起きたことは抗いようもない事実だった。

どこから放たれたかなんて見えはしなかった。

敵陣から放たれた一本の弓矢は、スノートの飛行スピードを逆手に取り、スノートの着けていた甲冑を貫き、スノートの逆鱗を射抜いていた。

ドラゴンの胸元あたりにある、一枚だけ逆巻きに生えた鱗。逆鱗。

その下の、スノートの心臓に、弓矢は達していた。

その事実をようやく知ったのは、惰性速度でそのまま川の中に突っ込み、気を失ったまま下流まで流され、味方に拾い上げられて、

翌日、味方の陣営内にあった医務室で目を覚ましてからのことだった。

……私は、あの日のことを、忘れない。

 

 

 

 ミリアの嗚咽は徐々に治まりつつあったが、それでもエドには彼女に掛けるべき言葉が見つからなかった。

思いのほか、彼女が内に抱え込んだ闇は濃かった。

いまはただ、その闇をしっかりと見定められなかった自分を責めるばかりだった。

「……大丈夫か?」

 自分で種を蒔いておきながら「大丈夫か?」もないものだが、しかし、言葉がない。

 なにを言っても自分の声では彼女には届かないだろう。自分では姪の力になれないという無力感がエドを容赦なく打ちのめす。

ならばせめて、この悲しみに暮れる小さな姪を抱きしめて、ささやかながら彼女の支えとなれればと思う。

 しかし、自分と彼女との立場の差がそれを許さない。自分がある立場は、1人の人間に情を偏らせてはならない立場だ。常に万人に、平等に目を向けていなければならない。

 たとえそれが、自分と血の繋がった者であっても。いや、むしろ血の繋がりがあればこそなおさらそれは許されないことだった。

 いまは、それが、どうしようもなく歯痒かった。

「…………」

「…………」

 言うべき言葉も見つからず、立つことも座ることも出来ぬまま、互いに背中を向け合ったままで、沈黙の中ただ時が流れていく。

 そうやってどれだけの時間が流れただろう。時間の概念すら忘れてしまうほどに沈黙が続き、

 唐突に会議室の扉が開かれ、その声は漂っていた静寂を軽く凌駕した。

「伝令!! たったいま、中央のオルドビス第1防衛ラインがラスタ帝国によって突破された模様!! 百竜騎士団第Ⅰ小隊のε班および神剣騎士団重曹第810歩兵隊壊滅!! 死傷者多数! 現在、第2防衛ラインにて各部隊が応戦中!! エド団長殿、至急増援を願います!!」

「…………っ!」

「……なんだと!? 中央ラインが突破された? そんなバカな!!?」

 身体は頭で考えるよりも早くに動くものだ。

 ミリアは弾かれたように席を立ち、

「! ま、待ちなさい! ミリアっ!!」

 待ってなんかいられない。

 エドの制止を振り切って、ミリアは伝令にまわってきた兵士を突き飛ばすような勢いで会議室を飛び出していった。


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2-3、
「まあ、なんとか一件落着っていったところかな」

 全体会議を終え二人して宿舎へと戻る道すがら、セルマーがホッと胸を撫で下ろしながら呟いた。その胸を撫で下ろすしぐさがあまりに子供っぽくて、横で見ていたミリアは思わず噴き出してしまった。

「な、なんだよ。笑うことないだろ、まったく」

「だって、隊長大げさなんだもの」

「そんなこと言ったってなぁ。……だいたい、誰かさんのせいで会議中ヒヤヒヤもんだったんだからな」

「……えっ? それって私のせいですか?」

 セルマーの思わぬ告白にミリアは目を丸くしていた。言い方からして、セルマーの言う誰かさんが自分を指していることは大体見当がついた。しかし、会議中にそんな隊長をヒヤヒヤさせるようなことをしただろうか? ミリアには覚えがなかった。

 あからさまに「なんで?」という疑問符を顔にくっつけてでもいたのだろう、ひとつ大きくため息を吐いてからセルマーはすばやくそれに答えた。

「ユーリアとの問答だよ。バチバチ火花なんか散らしちゃって。まったく、あのまま殴り合いの喧嘩になるんじゃないかって正直ドキドキものだったぜ」

「えっ、そんな。私がそんなことするわけないじゃないですか」

「いいや、横で見てて目が怖いほどマジだった。『お前ホントぶっ飛ばす!』って顔に書いてあったよ」

 そういいながら、自分で怖い顔をしてみせるセルマー。どこかコミカルなその表情は余計にミリアの笑いを誘った。沸きあがってくる笑いをどうにか止めながらミリアは反論する。

「でも、突っかかってきたのは向こうの方ですよ、間違いなく。それに、私だって不機嫌な顔のひとつやふたつしますよ」

「そりゃそうだろうけど、でもあそこに出向けば突っ掛かられるなんてはなっから分かってたことだろ?」

「まあ、そうですけど」

 しかし、それではつまらない仕事だからと他人に押し付けておいて、実はそれほどつまらなくない仕事でしたって結果が出たとたん、自分たちから仕事を振ったというのを棚上げにして非難を浴びせてくるという状況に甘んじろということになる。いくらなんでもミリアには出来ないことだった。

 ――だいたい、隊長はヒトが良すぎるのよ。

 きっと今回の任務だってそうだろう。「俺ら忙しいからお前んとこでやってくんない?」とかいう言葉をなにも疑いもしないで二つ返事でオッケーしたに違いない。

 そのこと自体は別に構わない。与えられた任務を全うするのが自分たちの務めであることに変わりはないのだから。しかし、もうすこし人を疑うということをしてもらいたいとミリアは思う。

 そんな副隊長の気持ちなど知る風もなく、セルマーは大きく伸びをしてドでかい欠伸をかました。

「ふぁあああっ、しっかしあそこでエド団長が間に入ってくれてよかったよ。そうでもしなきゃ全然納まりつかなかっただろうなぁ」

「…………ええ」

 あのあと、エド団長が従えてきた青年の調査報告により会議は一気に終幕へと向かった。

それまで、血気盛んだったユーリアを始めとする第Ⅰ小隊の士気はその発表によって急激に失速し、影を潜めてしまった。

結局、ミリアの報告は満場一致で事実であったと認められることになり、そのあとギガンテス超級の巨大ゴーレムに対する緊急対策部隊の設定が提案されて会議は終了した。

 もし、あそこであの発表がされなかったら、あるいは本当に殴り合いの喧嘩に発展していたかもしれない。

「あの人のことだから、こうなることを始めから予見してたんだろうな」

「多分、そうでしょうね」

「――ああ、そういえば、お礼言うの忘れてた。後でエド団長にお礼言っておかないと」

「私を呼んだかね?」

 その声はいきなり二人の背後に現れた。

後ろなどまったく気にも留めていなかった。

突然、現れた背中の気配に驚いてセルマーとミリアは「うわっ」とか「ぬおっ」とか間抜けな声を発しなら後ろを振り返る。

 そこには渦中の人物、神剣騎士団団長のエド=マクベイン、その人が立っていた。

 団長殿がいつも称えているさわやかな笑顔が二人には眩しかった。

「こ、これはエド団長殿っ! そこにいらっしゃるとはつゆ知らず、まことに失礼致しました!」

 自分たちを呼び止めた人物を確認するや否や、スパッと最敬礼をするセルマーとミリア。この辺は悲しいくらいに職業軍人然としている。

「フフッ、そう硬くならなくともよい。それにいまは任務外だ。敬礼など必要ない。解いて、楽にしてくれて構わんよ」

「はっ! それではお言葉に甘えさせていただきます!」

「うむ。して、先ほど私の名を聞いた気がしたのだが、なにか用でもあったかね?」

「あ、いえ。先ほどの会議での合いの手、誠にありがとうございました!」

「ああ、いやなに。軍人として当然の責務を果たしただけさ。例を言われるほどのことでもないよ。……それよりも、ちょっとよいかね?」

 そう言いながらエドは、セルマーにではなくミリアに手を差し伸べていた。

 さわやかな笑みを絶やさぬまま手を差し伸べるエドにミリアは戸惑いを隠しきれない。

 それ以上に、エドがミリアに個人的に声を掛けてきたことに驚いていた。

「……わたし、ですか?」

 真偽のほどを確認するが、エドは当然のことのように小さく頷いただけだった。

 ミリアはまるで迷子のような頼りない眼差しをセルマーに向けた。その真意を悟りセルマーもエドに訊きなおす。

「……あの、ミリアでよろしいのですか?」

「ああ、そうだ。彼女に少し話があるんだ。しばらくの間、彼女のこと預かってもよいかな? セルマー大尉殿」

「……よろしい、のですね?」

「ああ、もちろん。なにか問題でもあるかな?」

 セルマーの再度の問い掛けにもエドはさわやかな笑顔を崩さなかった。

 団長に向かい、再び敬礼をしながら、

「いいえ! 滅相もございません! どうか、宜しくお願いいたします!」

 セルマーは高々と声を発しながら、ミリアの背中を静かに押した。そして、「それでは失礼したします!」と言いながら後ろに振り向きざま、

『行ってこい』

 声にこそ出さなかったが、セルマーの口はたしかにそう動いていた。少なくともミリアにはそう見えた。

 そのまま、エドとミリアの二人を残してセルマーは早々とその場を立ち去ってしまった。

「…………」

「…………」

 取り残される形になったエドとミリア。

しばらくの間なにを話していいかわからず、二人は目を合わせることもなくその場にただ呆然と佇むばかりだった。

やがて、

「……まあ、ここで立ち話というのもなんだから、場所を移動しようか?」

「…………はい」

 沈黙に耐えかねたように搾り出されたエドの申し出にミリアは戸惑いながらも素直に従った。互いに少し距離を置きながら、二人は再び本城の方に向かって歩き出した。

 

 

 

「もしかしたら、余分なことだったかもしれないな。お前に余計に怨嗟の眼差しが向けられる、その原因になってしまったか?」

 場所は会議室。先程まで全体会議が行われていたところ。

 いまはもう、出席者はみな出払ってしまい誰もいなくなっていた。

 ――ここなら当分誰も来ないだろう。

 エドはそう言いながら扉を開け、ミリアを中へと導き入れた。

 いま、ここにはエドとミリアの二人しかいない。

「いえ、いいんですよ。あそこであの報告が出てこなかったら、たぶんいまだに会議終わってなかったと思うし」

 窓際の椅子に腰かけ、少し俯きがちに話すミリア。それに対してエドは、ミリアに背を向けずっと窓の外を眺める格好で――ミリアとエドは、まるでそれが必然とでも言うように背中を向け合った状態のまま話をしていた。

 これはエドとミリアが1対1で話をする時に決めたひとつのルールだった。こうすれば万が一誰かに見られても、少なくとも親しそうにしているようには見えまい。

 二人にはそうする必要があった。

「それにしても、団長が私をお呼びになるなんて珍しいですね」

「……よしてくれ、二人の時に“団長”はないだろ?」

「……あ、ごめんなさい“エド伯父さん”。いつものくせで、つい」

 ミリアは照れ隠しのように小さく笑う。それにつられ、外を向きっぱなしではあるが、エドの顔も若干和らいだように見える。

 実を言うなら、この二人には血の繋がりが存在する。

神剣騎士団の団長と百竜騎士団第Ⅲ小隊の副隊長。それとは別に、伯父と姪という関係が二人の間にはあった。

「でもビックリしちゃった。伯父さんから話しかけてくるなんて初めてだったから」

「いや、なに。おまえと話をする機会が最近めっきり減ってしまったからな。たまには姪と二人で話をしてみたいと思ったまでのことだよ。会議にお前の顔があったとき、ちょうどいい機会だと思ってな」

 ミリアは少し俯きがちにテーブルに向かって話し、エドはまっすぐ外を向いたまま窓に向かって話す。二人が目を合わせることは決してなかった。

 神剣騎士団の団長と百竜騎士団第Ⅲ小隊の副隊長という関係。それが二人を邪魔している。

 親族は親族を贔屓する。血の繋がりがあれば少なからず情が移る。

 世俗一般ではそれは普通のことだが、結果としてそのことが周りからミリアに向けられる妬みの視線を助長することになっている。

 てめぇは間違いなく上に行くんだろうよ。なんつったって伯父さんが団長殿を勤めておられるんだからな。伯父さんに取り立てられて、せいぜい出世でもしろや!

 それが、ミリアに向けられる悪意の正体。

 それはミリアにとって、エドにとっても、まるで謂れのないことだが周りはそうは思ってくれない。

つまりは、いま二人が身をおく世界はそういう世界だった。

伯父と姪でロクに話も出来ない。目を合わせることすら憚られる。

そういう世界だった。

先ほどの「余分なことだったかもしれない」というエドの一言はそのことに由来している。

誰かが会議室の前を通り過ぎる。二人しかいないこの静まりかえった空間では、外を歩く人の足音さえ容易に聞こえてきた。

二人とも息を潜めて、足音が無事に通り過ぎるのを待つ。

足音はそのまま、会議室の前で止まることなく通り過ぎて遠くなっていった。

 それでもしばらくの間、二人に会話は戻ってこなかった。

 ミリアは俯いたまま、髪をいじくってみたり指を絡めてみたりしながら、所在なさげに沈黙の時間を過ごした。

 そして、なんの気なしにセルマーの言葉を思い出す。

『行ってこい』

 声にはしなかったその言葉。そこに含まれている意味合いは大きいと思う。

 当然のことながら、セルマーもミリアとエドの関係を知っている。おそらく、彼が本当に伝えようとしていたのは、

『行って、たまには甘えて来い』

 たぶん、そんなところだろう。

 しかし、ミリアにはそれができない。

 人目を憚るということもあるけれど、他人に甘えるというのが純粋に気恥ずかしかった。

 いつも気丈に振舞っているミリアも、時として誰かに甘えたいくらい挫けることもある。ちょうど、今もそんな状態だった。セルマーが気を使ってあんなことを言ったのも、おそらくはその辺のことを察してのことだっただろう。

だけど、そうやすやすと甘えてなんかいられない。

 その気持ちはあっても、行動には移せない。

 素直じゃない。

 自分でももっと素直になれればと思うのに、

 ――私って、可愛くないよね。

 そんなことを思いながら、ミリアは微かに自嘲の笑みを浮かべた。

 誰が見ているわけでもないだろうに、そんなことを考えている自分が余計に気恥ずかしく思え、ミリアは気持ちのやり場に困って、耳の辺りをぽりぽりと掻きながら、

「……まだ、スノートのこと、引きずっているのか?」

 ミリアの手が止まった。

 エドが発した不意の一言は、ミリアの時間を止めるに十分な重みを持っていた。

 急に息苦しさを感じる。鼓動が乱れ、息が出来ない。

 ――だいじょうぶ。いまならもう、ちゃんと自分の過去を見つめることができる。

 胸を押さえながら、自分に言い聞かせる。深く目を閉じ、必死に自分を落ち着かせようとする。間もなく乱れた鼓動は元に戻り、ミリアは息苦しさから解放される。

 それでも、再び開かれた瞳は少し潤んでいた。

「……まだ、駄目なようだな」

「…………」

 沈黙はそのまま肯定に繋がる。

 それを受けて、エドはひとつ大きく息を吐き、

「もう、あれから4年も経つのか」

「――なんで、まだ引きずっているって……?」

「だてに血は繋がっていない、ということだよ。特にお前はリリスに――お前の母さんにそっくりだからな。目を見ていればなんとなく分かる」

「……そう」

「……スノートの息子には、ディーノにはもう話したのか?」

「ううん。……まだ、話してない。……まだ当分、話せそうもない」

「――そうか。……あまり、自分を追い込もうとするなよ。もう、4年だ。そろそろその呪縛から自分を解いてやったらどうだ? ……こんな言い方はしたくはないが、この場所に身を置くかぎり、それは必ず」

「また、夢を見たの。スノートの夢を」

 エドの言葉を遮って、ミリアは誰もいないと仮定された空間で虚空に向かいひとり独白するように話し始めた。

「とても暖かい夢。ディーノがまだ卵の中にいる頃の夢。卵の中にいる赤ちゃんのことをふたりで話しながら、はしゃいでた。私とスノートと卵のディーノ。明るい光に包まれた世界の中で、あるのはその3人だけなの。とても、とても幸せな気持ち。ディーノのお父さんて誰なのって聞いても、スノート教えてくれなくて……。なんでだろう? とても幸福な夢のはずなのに、目が覚めると私いつも泣いてる」

 言葉が止まらない。

 溢れるものが抑えられない。

 一糸も纏わぬ産まれたままの姿で暗闇の中に置き去りにされたような気分になる。

 自分のあばらに自らの手を差し込み、肉ごと自分の胸を抉じ開けてその中に納まっていた黒い塊を世界に見せつける。放たれた心の暗部がそうやって世界の光を駆逐し、

 正常な意識は千々に散った。

 ただ、言葉だけが垂れ流される。

「……スノートがそんなのを望んでいないなんて分かってる。彼女ならきっと、『私のことなんか忘れて』って言うと思う。それは分かってるの。でも、私忘れられない。私、自分の呪縛を解けない。もし解いてしまったら、その代償として、スノートと過ごしたあの楽しかった日々さえ忘れてしまいそうで、私、怖い」

 まるで現実を直視することを拒むようにミリアは両手で顔を覆い、押さえきれず嗚咽を漏らし始めていた。


↓NEXT Dragonballade chapter2-4
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 2-2、
「二人はこれからどうするの?」

 地中の厩舎から地上へと戻り王国軍兵士の宿舎へと続く回廊を歩きながら、ミリアがエミリアンとメグに声をかける。

 逆さメガネを掛け直しぼさぼさの寝癖をなんとか直そうと苦戦中のエミリアンがそれに応えた。

「僕は朝食を取ったあと書庫の方に行こうかと思ってます」

「その本を返しに行くの?」

 エミリアンが朝礼中もずっと小脇に抱えたままにしていた分厚い本を指して今度はメグが問いかける。

「いや、まあそれもあるけどちょっと調べごとがあるんで……」

「へぇ、なに調べるの?」

「……ヒミツです」

 明後日の方向を向きながら嘯くエミリアン。その背後に黒い影が迫る。

エミリアンの肩口にセルマーの顔がぬっとせり出し、粘着質のニヤニヤとした笑顔を浮かべながら、

「書庫のネエチャンを口説き落とすための傾向と対策を調べに行くんだよな?」

 ドスッ、っとかなりいい音がする。よく見るとエミリアンの肘鉄がセルマーの腹に深々とヒットしていた。

「はははっまさかそんなことあるわけがないじゃないですかそれじゃあ僕は忙しいのでお先にぃ~」

 まがりなりにも隊長である人物に肘鉄を加えながら、矢継ぎ早にそれだけ言うとエミリアンは笑顔で立ち去っていった。

彼は将来大物になるな、とミリアは妙な予感を感じていた。

「メグはどうする?」

「もーいっかい寝る」

「……また夜遅くまで勉強してたんでしょ?」

 ミリアの問い掛けにメグは眠たそうに目を擦りながら小さくうなずいた。

 背の低いミリアよりもさらにちっこくてお姫様みちょーなフリフリのパジャマを着ているメグだが、こう見えて彼女は結構な才女であり努力家でもあった。

 ミリアとは竜騎士見習い時代からの同期だが歳はミリアより2つ下で、14歳で竜騎士昇格試験合格という最年少記録を今でも保ち続けている。

 現在は黒魔導特級の資格を取るための勉強中ということだった。

「あんまり無理しちゃダメよ」

「ふゎあ~い」

 本城へ伸びる回廊と宿舎その他の建物に伸びる回廊との分岐点。返事をしているのかそれともただの欠伸なのかわからないが、それだけ言うとメグは問答無用で本城の方へと向かってフラフラと歩き出した。

「あー、メグちゃんメグちゃん。そっちはお城ですよ。メグちゃんのお部屋がある方とは反対ですよ」

「……う~ん。また後でね~」

 わかっているのかいないのか、ミリアが声を掛けてもメグは振り返ろうともせずそのまま本城の方へと消えてしまった。

「……あの子、本当に大丈夫かしら?」

 ため息混じりにミリアは溢した。もっとも、いくらメグでも城の中で迷子になることはないだろうと思いそのまま放っておくことにした。

 ――さて、私もそろそろ行くかな

 とりあえず声だけでも掛けておこうと思い、セルマーの姿を探すと、

「…………んなろぉ~、このオレに肘鉄かますなんざ、1年と10ヶ月早いってんだ」

 かなり離れたところにうずくまり、いまだ自分の部下から受けた肘鉄に悶絶している最中だった。

「……あの。私もそろそろ行きますけど、大丈夫ですか?」

「ん? ああ、なに。エミリアンの肘鉄ごときに屈するオレじゃないさ、安心しろ」

 言いながらセルマーは親指を立ててみせた。片膝を突いたまま。片手で腹を押さえながら。うっすらと額に汗を浮かべて。

「……隊長、説得力に欠けてます。明らかに屈しています」

「そうか?」

「ええ」

 すると、セルマーはゆっくりと立ち上がり、

「ふははははっ、演技だよ演技! わざと弱っているフリをし敵が油断して近づいてきたところをこう、ズバッと突くという高等戦術を行うための鍛錬をだな、日々欠かさず行うことで自然ともう身に着けているというこの――」

「それじゃ、お先に失礼します」

「――ぬあーっ、ちょっと待ったぁー!!」

 自分を捨て置いてとっとと帰ろうとしているミリアにセルマーが待ったを掛ける。

 しかたなくミリアは止まりセルマーへと向き直る。

「なんですか?」

「……あ、その。悪いんだが、今日の全体会議、お前も一緒に出るように言われててさ」

 どうせまたなにか戯言をのたまうのだろうと思っていたミリアにとって、セルマーの口から聞かれたその言葉はやはり冗談にしか聞こえなかった。

しかし、様子が違う。さきほどまでの小気味よい笑顔がそこにはない。

沈痛な面持ちでなぜか申し訳なさそうな表情を浮かべ、声はようやく絞り出しているように弱々しくいつものような覇気がない。

それはとても冗談や演技によるものではないように思え、ミリアは思わず身を正していた。

「……全体会議って。わたし、なにか呼び出しでも受けたんですか?」

「まあ、そんなところか。なんでも一昨日の敵拠点鎮圧の報告を聞かせてもらいたいんだそうだ」

「……それだったら、昨日隊長に報告したとおりです。それ以上のものはなにもないですよ。それに、その事なら昨日の全体会議で隊長の方からもう報告したんじゃないんですか?」

「いや、それがな。第Ⅰ小隊の連中が本人から直接話を聞きたいとか言い始めてさ。『本人まだ疲れているだろうから』とかテキトーなこと言ってなんとか誤魔化そうとしたんだけど、奴ら今回は退こうとしなくて……」

 ああ、なるほど。

 ミリアは思う。

 いつもの嫌がらせか、と。

「悪い、オレの力不足で」

「いえ、いいですよ。そういうことなら、仕方ありませんから」

 別に、自分が嫌がらせを受けることはいい。それよりも、そのことでセルマーが責任を感じ落ち込んでしまうことの方がミリアには辛かった。普段は子供のようにおちゃらけている第Ⅲ小隊の隊長が、実のところ自分の部下に対して十分すぎるほどの気配りをしていることをミリアは知っている。

 この人に必要以上の気苦労を掛けたくない。それはミリアの本心だった。

「……それじゃ、わたし準備してきます。さすがにこの格好のままじゃマズいですからね」

 自分の服装を指しながら小さく微笑む。ミリアなりのセルマーに対する精一杯の気遣いがそこにはあった。

 それに対して、セルマーは自嘲とも苦笑いともとれる曖昧な、それでも確かな笑顔で応えた。

「すまん。頼む」

 

 

 

「一昨日、エイリル王暦745年9(アクラブ)の月19日、2015に第Ⅲ小隊隊長セルマー=グリッジ大尉よりの命にて、ホワイトドラゴン・ブリッツェン=ディーノに騎乗し単騎で出撃。同2109に東地区ベントレー村付近の上空より敵ラスタ帝国の拠点を確認」

 エイリル城1階。東・中央・西とある大回廊。エイリル王国軍が常用する大会議室はその中の東回廊の一番奥にあった。

 部屋の一番奥。重厚な扉を開け、中に入るとすぐに目に入ってくる位置にエイリル王国旗と王国軍旗が並んで掲げられている。

 部屋の中央には巨大なテーブルが備え付けられ、その上にはユディウス大陸が描かれた大きな地図が常に広げられていた。

 テーブルをぐるりと囲むようにして50席近くの椅子が置かれているが、現在その席はほとんど埋まっていた。

「同2115に上空より進撃を開始。約20分ほどでほぼ敵拠点の制圧に成功。ベントレーに常駐している後続の神剣騎士団重曹歩兵隊・第6小隊の到着を待ち、同日、22時過ぎに同第6小隊隊長・ライアン=マックナー少尉に引継ぎを行い、任務完遂」

 王国軍総司令官に百竜騎士団・神剣騎士団の両団長と副団長。現在、王都に残留中の各小隊の隊長延べ14名。さらには宰相や取り巻きの大臣、秘書官、法務を司るリルキスの枢機卿まで顔を揃えていた。

 皆一様に活版で印刷されたミリアの報告書の複写を手にし、静かに文面に目を通している。そんな中、ミリアは1人立ち直筆オリジナルの報告書を手に一昨日の任務の内容を報告していく。

「報告書の後半、時間が明記されていないのは戦闘の際、懐中時計を破損してしまったためのものです。記載されている時刻も推定の時間になってしまっていますが、引継ぎの明確な時刻はマックナー少尉の報告書の方に載せられていると思われますので、そちらの方を確認していただければと思います」

 いったいなんのための報告なのか。この報告書自体、昨日のうちにすでに回され報告自体もセルマーが昨日の全体会議で終わらせているはずだ。

 本来なら、わざわざミリアが出張ってまでやる必要なんてどこにもなかった。任務の内容も報告書の内容もなんら問題があるようには思えない。

 命令を受け、この時刻に任務を遂行しこの時刻には完了しました。

 簡単にいってしまえば、報告書に書かれている内容などその程度のことでしかない。はっきり言って、問題とされることの方がおかしいのだ。

「わたしからの報告は以上です。なにかご質問はありますでしょうか?」

 ミリアは皮肉をこめて、居並ぶ面々に静かに言葉をぶつけた。

 この会議の目的など知れている。要は嫌がらせだ。

 たとえ、直接眼を見なくてもミリアには分かる。エイリル城一階、東回廊の一番奥、軍関係者御用達の会議室に置かれた巨大なテーブル、そこを囲うように座っている面々の中から、憎嫉とも讒謗とも嫌忌とも取れる、およそ考え付くすべての悪意が自分に対して――セルマーに対しても向けられていることを。

 それらの悪意のほとんどは竜騎士団の第Ⅰ小隊の面子から向けられている。

 認めたくない。お前らなんかに功績を持っていかれてたまるか。出しゃばるな、引っ込んでろ。お前らはお飾りでもやってればいいんだよ。

 それが、向けられる悪意の総意だった。

 セルマーが率いている第Ⅲ小隊の歴史は浅い。その発足はわずかに6年前である。第Ⅲ小隊の発足自体がかなり実験的なもので、未だにセルマー、ミリア、エミリアン、メグの第一期メンバー4名しか所属していないというかなり特殊な部隊だった。

 小隊自体がいわば駆け出しの新人のようなものだ。しかし、その駆け出しの新人がこの6年間で成し遂げた功績は非常に大きい。

 悪意が向けられる原因はそこにある。

 ――なんて、陰湿な人たちだろう。

 そんなに他人が台頭するのが嫌なら、初めから任務をこちらにまわすようなことをしなければいい。今回の件だって「そんなちゃちい仕事、俺たちに出来るか!」といって第Ⅲ小隊に振ったのは、なにを隠そう第Ⅰ小隊なのだ。

 ミリアは思う。

 彼らにとって誤算だったのは、おそらくはあの巨大ゴーレムの存在だろう。それさえなければこの件も「ちゃちい仕事」で納まっていたはずだ。私がこの会議に出席することもなかっただろう。

「報告書の中に“ギガンテス級を超える巨大なゴーレムと接触しこれを撃破した”とあるが、これは本当のことなのかね? ライアン=マックナー少尉の報告書にはそのような残骸があったことはひとつも記載されていないんだがね。なにか、それを示すだけの証拠は残ってはいないのかね?」

 ミリアの「質問はないか?」との問い掛けに第Ⅰ小隊γ班の小隊長、ユーリア=カウフェンが待ってましたとばかりに勢いよく手を上げて発言する。ミリアの予想通り、その内容は巨大ゴーレムに関してのことだった。

「報告書に示したとおり、件のゴーレムはストーンゴーレムでした。打ち砕いたと同時にもとの石や砂にすべて分解されてしまい、残骸が残らなかったものです。小隊長殿がおっしゃるとおり証拠はなにひとつ残ってはいません。しかし、私が件のゴーレムと交戦したのは間違いのない事実です」

 今までにないほどの巨大ゴーレムが存在するという情報と、そのゴーレムの撃滅という功績が“非運にも”第Ⅲ小隊に転がり込んでしまった。

 しかし、それは自業自得のことだ。

 そのことに関して妬みの視線を向けられる覚えはミリアにはない。はっきり言って逆恨み以外のなにものでもない。不条理にもほどがあるというものだ。

 それでも、相手の尋問は続く。

「いやいや、別に私はゴーレムと交戦したことそのものを疑問視しているのではないんですよ。問題としているのはあくまでそのゴーレムの大きさです」

 要するに彼らはその事実を認めたくないわけだ。ゴーレムの件が本当のことであったかどうかではない。その手柄がいま現実にミリアのものとして認められようとしている事実が忌まわしいのだ。

 たとえ事実を歪めてでも阻止してやる。

 そんな悪辣な視線がミリアへと注がれている。

「なにしろ単騎による基地制圧という大変な任務だ。気持ちが高揚し、その緊張感はピークにあったはず。しかも、時間はもうとうに日の沈んだ夜中だった。そんな状況下で必要以上に敵が大きく見えていたと考えられなくはないですか? それに、なにしろ前例がない。ギガンテス級を超えるゴーレムなど、存在しなかったんじゃないんですか?」

 自分が絶対的優位に立ったことを確信して浮かべるギラギラとしたほくそ笑み。目が、目だけが笑っていた。それは、弱者を徹底的に痛めつけた時に強者が浮かべる狂気にも似ていた。

 いったい彼らはなにと戦っているのだろう?

あの勝ち誇った笑みはなんのためなんだろう?

 別に手柄などほしくはない。私はただ、自分の生まれ育った国が平和であることを望んで自分の任務についているだけだ。そんなに手柄がほしいならくれてやる。救いようもなく下劣なあなたたちに。

 よっぽど言ってやりたかった。激情や憤怒に任せるわけではなく、ただ平然と静かに。

 たしかに証拠は残っていない。見間違えていた可能性も否定はしない。

それでも、私が見て、戦って、打ち倒した事実はたとえ神であろうと覆せない。その信念があるのだから。

次の言葉を発しようとミリアが口を開きかけた時、

「そのゴーレムについてなんだが、同じくベントレーに駐在していたウチの魔導士部隊からある報告が上げられているので発表させてもらっても構いませんかな?」

 罵り合いに発展しそうな勢いの二人の竜騎士をなだめるようにして、神剣騎士団の団長を務めるエド=マクベインが静かに割って入った。その視線はミリアとユーリアに交互に向けられた。他でもない、当の二人に割り入ることの承諾を求めているようだった。

「……お願いします」

 ミリアは軽く会釈しながら答え、ユーリアも渋々ではあったがそれに従った。

 エドは二人の返答を確認して「ありがとう」と小さく口にしてから、今度は視線を真横にいた自分の部下へと向けて件の内容を発表するようにと促がした。

 それまで、ほとんどの出席者が「なんでお前みたいなのがここにいるんだ?」と感じていたであろう、神剣騎士団の団長に引っ付く様にして座っていた魔導士部隊のまったくの一介兵が一枚の紙を手に緊張の面持ちで立ち上がった。

 少し上ずった声で、

「えぇーっ。そ、それでは発表させていただきます。一昨日、エイリル王暦745年9(アクラブ)の月19日に、百竜騎士団第Ⅲ小隊副隊長のミリア=エトワール殿の鎮圧なされた基地周辺を、えっと、昨日、エイリル王暦745年9(アクラブ)の月20日に第Ⅲ小隊隊長セルマー大尉殿の報告をもとに、私たち神剣騎士団第2魔導士部隊が魔法が使われた後に残る魔法残痕、魔法使用に伴うエーテル消費量と」

「前置きはいいから、結果だけ報告したまえ!」

 早々に痺れを切らしたのか、ユーリアが声を荒げた。

 かわいそうに、怒鳴られた一介兵の青年はさらに緊張の色を濃くし、声を震わせながら続ける。

「す、すいませんっ! と、とにかく件の基地周辺を調査した結果、周囲3km四方の空気中に含まれているエーテル値が0.005‰と極端に低くなっていることが分かりました。この数値はたとえミリア殿が魔法による攻撃を行っていたことを考慮に入れてもあまりに低い数字です。たとえば、ミリア殿がクラスター系の最大級魔法を使用していたと仮定しても、推定されるエーテル消費量はギガンテス級のストーンゴーレム、510体分に相当すると思われます。実際にこちらの報告書にあったような巨大なゴーレムが本当に生成されたという確固たる証拠はなにもありません。ですが、それに相当するだけの膨大な量のエーテルが消費されていたことは間違いのない事実です。以上です」


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 2-1

 スノート、卵なんていつのまに孕んでたの? 全然知らなかったよ。

 ごめんなさい。別に隠すつもりはなかったんだけど。ほら、なにしろ私も初めてのことだから。

 そっか。……ねぇ、赤ちゃんどれくらいで孵るの?

 うーん、だいたい7ヶ月から1年くらいだって。

 ドラゴンって、お乳をあげたりするの?

 ううん、それはないわ。っていうか、本来は親が子育てすることもないのよ。その辺は邪眼蜥蜴(バジリスク)や火蜥蜴(サラマンダー)と一緒。

 卵を温めたりとかもしないの?

 本来は、ね。だいたいは卵を土の中に産んで後は自然に任せるって形かしらね。だから、親の顔も子供の顔も知らないっていうのが普通なのよ。

 そうなの!?

 うん、そう。人間にはわからないだろうけどね、それが普通なのよ。私たちには。もっとも、ここじゃ土の中に埋めるわけにも行かないからちゃんと温めてあげないとだけどね。

 ふぅ~ん。……スノート、もうすぐお母さんになるんだね。

 そうね。

 ねぇ、お母さんになるってどんな感じ?

 ふふふっ、ミリアも赤ちゃんを産めばわかるんじゃない? お母さんになるのがどんな感じかってネ。

 えっ!? ……そ、んな。いきなしそんなこと言われても。

 なに赤くなっちゃってるのよ。耳まで真っ赤よ。

 だって、“赤ちゃんを産めば”なんてスノートがいきなり言うから……。

 ふふふっ、おかしなミリア。

 もうっ! からかわないでよ!

 ごめん、だって面白いんだもの。

 ……んもうっ。…………でも、……そっか。スノートの赤ちゃんか。じゃあ、しばらくの間は無理できないね。

 うん。でも大丈夫よ。ここしばらく出動もないし。

 だといいんだけど。……あれ? ちょっとまって。

 ? なあに?

 ……この子のお父さんて、誰?

 ふふっ。それは、ひ・み・つ。

 えーっ、そんなずるーい。ねえ、誰なの? 教えよ。

 だぁめ。これだけはいくらミリアでも教えられないわ。

 なんでよ、いじわる

 ふふっ、じゃあひとつだけ約束して

 いいわよ、どんな約束すればいいの?

 もし、私の身になにかあったらこの子をお願いね

 

 静かに目を覚ましたとき、ミリアの頬には涙があった。

 

 

 

 エイリル王国軍兵士の朝は早い。

 まず日の出とともに各小隊ごとに朝礼を行い、点呼を取り、おのおのの健康状態をはかり近況報告が行われる。

 次に、隊長クラスが中央会議室に一同に介し、内政を取り仕切る宰相や家臣同席のもと全体会議を行なう。そこで話し合われた内容は、再び各小隊ごとに行われる二次ミーティングによって兵士全員に伝えられるようになっている。

 のだが。

 百竜騎士団に所属するドラゴンたちが寝泊りしている長大な厩舎。普通の厩舎とは違いここの厩舎は地中に設けられている。普段、ドラゴンたちはドーム状に細長く掘られたこの厩舎の中で過ごし、出動の際には頭上にある細長く帯状に開いた穴から地上へと飛び出していく。

 ここから見上げる長方形の空は、いまようやく朝を迎えたばかりだった。

 そんな地中厩舎の一角で百竜騎士団第Ⅲ小隊を束ねるセルマー=グリッジは居並ぶ隊員たちの顔を眺め、頭を抱えながら重いため息を吐き出した。

そこに居並ぶ面々とは、

 一人。目の下に隈を作り、「私の眠りを妨げるやつは何人たりとも許さん」と表情だけで語りかけている隊の副隊長、ミリア=エトワール。

 一人。メガネを逆さに掛けぼっさぼさの寝癖もそのままで、どういうわけかかなり分厚い本を小脇に抱えている、エミリアン=ハーシェル。

 一人。あなたどこぞのお姫様ですか?と聞きたくなるようなフリフリパジャマそのままに、欠伸なぞをかましてる、メグ=ウィルコット。

「――ったく。なんだって、ウチの連中はこう揃いもそろって寝起きの悪いのが揃ったかね? 大体なんだよ、そのド派手な隈は? その逆さのメガネは? そのお姫様みちょーなパジャマは?」

 ひとりひとりを指差しながらセルマーが問いただしていく。それに対して、

 ミリア曰く、

「いろいろと心中穏やかでないお年頃なの。安眠なんて到底望めない時期なのよ。普通に寝てたって隈のひとつもできるのよ。その辺のこと、考慮していただかなくちゃ困りますわ」

 続いてエミリアン曰く、

「いやぁ、こうすることによって普段とはまた違った世界を見ようというひとつの試みを行っているんですよ。誰だったかな? 有名な哲学者の言った言葉。“世界とは人の数だけ存在する”って、あの言葉の意味がわかった気がしますね」

 最後にメグ曰く、

「あっれぇ? おかしいな、着替えたはずなのに……。きっとこれは神様が『メグちゃん、最近お疲れね。もうちょっと寝ててもいいんじゃない?』って言ってくれているんだと思いま~す」

「あー、はいはい。大体の事情はわかった。……それで? この中でまだ眠くて仕方ないってヤツはいるかな?」

 三者三様の申し開きを聞いて、なんじゃそりゃ!と心の中でツッコミを入れるセルマー。苦笑いを浮かべながら点呼代わりに投げやりな問い掛けをする。

「いたら手を上げて」

 自ら軽く手を上げて、挙手を促す。

すると、間髪いれずに三つの手がスッと上げられていた。

「…………はい。第Ⅲ小隊、全員健康状態に異常なし。今日も元気に行きましょう。これにて朝礼終了~。ごくろーさまでした」

『おつかれさまでーす』

 たったそれだけのやりとりで本当に朝礼を切り上げようとしている第Ⅲ小隊のメンバー。その様子を後ろでずっと見守っていたディーノが思わず口を挟む。

「……そんなんでいいの?」

 すると、隊長以下小隊全員の視線が一斉にディーノへと向けられ、

『なにか問題でも?』

 隊長以下小隊全員の声が見事にハモっていた。

そろって小首を傾げている隊長以下小隊全員の姿を目の前にしてディーノは顔をこわばらせ、

「い、いや。なんでもないです」

 消えてしまいそうな小さな声でそう答えるほかなかった。


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