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1-2、
ミリアを追って急降下していたディーノが雲を抜け出たときにはすでに敵陣の中心部から土煙が巻き上がっていた。ミリアの攻撃が決まったのだろう。
自らが空高くから落下することで身に纏った風を魔力転換(エーテルスイッチ)して風の弾丸とし、そのまま敵に放つミリアオリジナルの離れ業。
あれだけの高度から落下してきたエネルギーがそのまま放たれるのだから、生身の人間が喰らったらおそらくひとたまりもないはずだ。その上、まったく予測不可能な奇襲攻撃。敵からすればたまったものではないだろう。
そこに、さらに追い討ちをかけるようにしてディーノが火炎球を叩き込む。ミリアの落下地点を取り囲む形で四発。
もうそれだけでミリアの落下現場に集まってきた、いまだ事態を把握しきれていない敵兵の半数を倒すことができる。
四連続で起こる轟音と巻き上がる煙。しかも、今回の煙は火の粉を纏っている。火炎球の着弾地点から舞った火の粉は周辺のテントへと燃え広がり、あたりは時を置かずして火の海となるはずだ。
舞い降りる女騎士。立ち上る土煙。降り注ぐ火の玉。響く轟音。辺りは火の海に包まれて、
女騎士に寄り添うように一匹のホワイトドラゴンが降り立つ。
この状況を目の前にしてビビらない人間なんていないはずだ。
ディーノに獰猛な笑みが浮かぶ。
――ヤバイ、僕たちヤバイくらいカッコいい。
気持ちが高揚し、どきどき感が止まらない。ハリィやシルフェスや隊に所属する他のドラゴンたちにも見せてあげたい。
だから、思う。悪戯心がうずく。
――もっと脅かしてやれ!
グオオオオォォォォォォォォオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ
降り立ち際、ディーノは勢いよく咆哮を上げ、口から火炎球を放った。
放たれた火の玉は熱風を巻き起こしながら飛来し南側の見張り台に直撃、一瞬にして見張り台を吹き飛ばした。
吹き付ける熱風、轟く爆音と燃え上がる見張り台を前に敵兵たちは呆然とするしかなかった。あまりの急な展開について来れないのだろう。それでも、彼らなりに悟ったこともあったようだ。
「 て、敵襲―――――――――――――――っ!!」「竜騎士だ!! エイリルの竜騎士が攻め込んできたぞ!!」「各自戦闘準備っ! コラ貴様ら逃げるな!!」「い、嫌だあぁぁあぁっ! まだ、死にたくねえよっ!」
口々に叫び声を上げながら走り去っていくラスタ帝国軍の兵士たち。その叫び声はどれも絶望の色が濃く現れている。敵陣は完全に恐慌状態に陥っていた。指揮系統はまるで麻痺してしまい、ほとんどの者が一目散に逃げ去っていく。
「~♪ たぁのすぃ~♪ はいはーい、エイリル王国の竜騎士様の御成だよ~。どーんどん逃げちゃってね~」
嬉々とした笑顔でディーノは逃げていく敵兵たちに手を振っている。ミリアの重いため息もとりあえず聞こえなかったことにした。
しばらくすると、ミリアとディーノのまわりには敵兵は一人もいなくなってしまった。あるのはただ、燃え広がる炎と、物が焦げたような臭いと、ラスタ帝国兵の死骸が数体。
音もなく、夜風が煙を流すだけであたりは閑散と静まり返っていた。
「……終わり? もう終わり?」
「…………」
歯ごたえないなぁ、と言わんばかりの口調でディーノはあたりをきょろきょろと窺う。しかし、その目はもう笑ってはいなかった。同じくミリアも真剣な表情でまっすぐ前の虚空を見据え耳を澄ましている。
ふたりとも気付いていた。逃げ惑う兵士たちの中に冷静さを保ったまま、“恐慌を演じている者”が数名いたことを。
――まだ終わってなんかいない。絶対まだなにかある。
「あ~あ、せっかくこんな遠くまで来たっていうのに、こんなんで終わっちゃうなんてつまんないなぁ~」
注意は逸らすことなく、相手をあえて挑発するようなことをディーノは口にする。
姿は見えない。
それでも、じりじりと刺すような視線を四方から感じる。
こちら側からは到底動きがたい空気があった。
この事態を少しでも打開できればと思ってのディーノの陽動は、しかし相手も思っていたほど馬鹿ではないようで、膠着状態から解けることはなかった。
しばらくの間、姿を見せない敵との睨み合いが続いた。
「……ねえ、あいつらなにをしてくると思う?」
沈黙に耐えかねて、ディーノがずっと押し黙ったままのミリアに声を掛けた。相手になるべく悟られないように、少しだけ身体をかがめて耳元で囁くように。
それに対してミリアも、振り返ることなく静かに答える。
「分からない。けど、だいたいの見当はつくわ」
「なに?」
「最初は長距離から弓矢か魔法で攻撃してくるのかと思ったけど、それにしては時間を掛け過ぎてる。まさか、いまから剣を振り回して掛かってくるとも思えない。だからたぶん、あいつらのいちばん得意なもので攻めてくると思う」
「……まさか」
ディーノはミリアの言わんとしているところを理解し、唖然とする。
「でも、だって。“そんなもん”出したらこの基地自体、無事じゃすまないじゃん」
「彼らならやりかねないわ。もともと、こんな突拍子もない基地を建てる人たちだもの」
「…………なんか、納得」
そして、ミリアの予見どおり“そいつ”は姿を現した。しかも、ふたりの足元から。
ミリアとディーノを囲うほどの大きな魔方陣が突如として地面に描き出された。複雑な文様の折り重なった魔方陣は強烈な光を放ち、地面に亀裂を生み、
「! 危ない!」
あとほんのちょっとでもディーノの反応が遅れていたらミリアは“その巨大な手”に握りつぶされていただろう。
股の間に鼻先を突っ込み、ミリアの身体を強引に持ち上げて自分の背中に放り投げ、ディーノはそのまま空中へと逃れる。魔方陣の真ん中、地面にできた亀裂の中から現れた巨大な手は一瞬遅れてミリアがいた虚空を掠めていた。
ミリアを確保し、飛びのいてからすぐに高度を上げたディーノは、十分な高さを保ち、旋回しながら地面から伸びた手を睨み付けていた。
そのまま、背中に鋭く声を放つ。
「ミリア! ミリア、大丈夫!?」
「 」
「ミリア!!」
「……だ、大丈夫。ちょっと、驚いただけ。……それより、敵は?」
「あそこ、もうすぐ出てくるよ」
鞍に跨りなおし、体勢を立て直したミリアもディーノが指し示す方向を凝視する。そのときにはすでに、“そいつ”は上半身を地上へと出していた。
「……ストーンゴーレム。やっぱり、得意技で来たわね」
昔から大国として名高いエイリル王国に対して、ラスタ帝国はこの200年で急に勢力を拡大してきたいわば新興勢力だ。その急進を担っているのが合成獣(キメラ)や造成巨人(トロル)を始めとする人造生物兵器だった。なかでも魔製人形(ゴーレム)は戦場に最も多く投入されている種類だ。
「読みが当たったね。それにしても迂闊だったなぁ~。まさか足元に直接召喚されるなんて思わなかったよ。実力かな? それともただの偶然?」
「後者でしょう。こんな基地の真ん中にゴーレムを召喚するなんて、わざわざ自分で自分の基地を壊すようなものだもの。そんなナンセンスなこと普通しないわ」
「だよね」
その間にも、ストーンゴーレムは地中から這い出し、ついには大地の上に完全に姿を現していた。
ゴーレム、といってもその大きさは様々で、それでも普通いちばん大きなものでも10mくらいである。
「…………ちょっと、デカすぎるんじゃない?」
しかし、目の前に現れたそいつは身の丈が優に30mを超えていた。
この時点で、ストーンゴーレムの顔はディーノの目の前にあった。安全だろうと踏んだ高度がまるで足りていなかったことに初めて気付かされ、ふたりは驚愕する。
「逃げろー!」
叫びながらきりもみ状態で急降下するディーノ。そのあとを追うようにしてゴーレムの巨大な右手が振り下ろされる。それをぎりぎりのところで避け、今度は急上昇。そのわずかに下を左手が掠める。
急旋回。今度は距離をとるために水平飛行に移る。そこに、
「ディーノ後ろ!!」
両手が迫り来る。あっという間に左右を囲まれ、
ゴゥン
岩と岩とがぶつかりあう鈍い音があたりに響く。
ディーノは閉じられた両手の指先からなんとか脱する。が、その間にミリアはゴーレムの手の上に飛び移り、
「え? ――ちょっ、ミリア!!」
ディーノが制止する間もなく、巨大な手の甲を蹴ってゴーレムの顔面へ向かって跳躍。
そして、
「閃光斬(レイランサー)!!」
高々と呼号し、光を纏った槍をゴーレムの眉間に叩き込んだ。
一閃の光が刹那、闇夜を駆逐し轟く爆音は空を響動した。
ゴーレムの身体を伝って地面まで達した衝撃で土煙が巻きあがる中、ゴーレムの巨体が大きく仰け反りその動きが止まる。
「ミリアー!」
ディーノがゴーレムの目の前を横切る。すり抜けざま、ミリアが軽く跳躍しディーノの背中にきれいに納まっていた。
そのまま、しばらくゴーレムのまわりを旋回し始める。
二・三周まわってみたものの、ゴーレムは動かない。
「……手応えはどう?」
「……わかんない。けど、あれじゃ多分、ダメだと思う」
ミリアはゴーレムの額に刺さったままの自分の槍を見つめながら、重々しく呟いた。
終わらせるつもりの一撃だった。わからないとは答えたものの実際には手応えは十分だった。これ以上ないというほどの完璧な一撃。しかし、結果は予測とはだいぶ違っていた。
それはゴーレムの頭部を完全に打ち砕くための一撃だった。しかし、結果はその額にヒビを入れただけ。
生の血が通っている生物ならそれでも致命傷になり得たのだろうが、相手がゴーレムではそれも望めない。なによりも、仕留められなかった事実がミリアには堪えた。
気でも失っていたのか、突っ立ったまましばらく微動だにしなかったが、やがてゴーレムは静かに動き始める。
「……ほんとに動き出したよ。しぶといなぁ~」
今度こそ安全な高度を保ちながら、ディーノはなおも旋回を続けゴーレムの様子を窺う。どうやら相手はこちらのことを見失っているようだった。先ほどから辺りをきょろきょろと見回している。妙に人間くさいその動作がすこし滑稽に映る。
「どうするあれ? なんならこのまま放っといて帰っちゃうか?」
「……まさか、そんなわけにも行かないでしょ? こうなったら全力で倒しに行くわよ」
「~♪ そーこなくちゃ。額に刺さりっぱなしの槍も取り戻さなきゃだしね」
ラスタ帝国軍がエイリル領土内のベントレー村近郊に築いた攻撃拠点をすみやかに潰すこと。それが、ミリアとディーノに与えられた任務だった。
しかし、その潰すべき攻撃拠点は敵方のゴーレムによってぐちゃぐちゃに踏み荒らされている。つまり、ミリアとディーノの任務はすでに完了しているのだ。たとえここで、ゴーレムを置き去りにして帰ってもなんらお咎めを受けることはないだろう。
“ラスタはかつてないほどの巨大なゴーレムを実践投入してきている。”
その情報を持ち帰るだけでも十分すぎる功績だといえる。
しかしそれでも、ミリアもディーノも退こうとはしない。それは決して自分たちがやらなくてはならないといった使命感によるものなどではなく、
「ゴーレム一匹倒せずに逃げ帰ってきたなんて知れたら、第Ⅰ小隊の連中に絶対馬鹿にされるもんね」
「…………」
口には出さないが、その思いはミリアも同じのようだった。ようするに、ふたりは意地になっていた。
いったんゴーレムの背後へとまわり、大きく距離をとる。
十分に距離を置いたところで旋回。ゴーレムの背中を真正面に捕らえる位置に来る。
「準備はいい?」
「いつでもいいよ! どんと来いっ!!」
ディーノに確認をとり、ミリアは静かに呪文の朗詠を始めた。
「我語るは心理 満つるは力なり」
朗々と呪文を唱えながらミリアの指先が虚空を滑らかになぞっていく。なにかの言葉をそこに綴るように、その動きにはまったく無駄がない。
「火はパイモン 水はアリトン 地はアマイモン 風はオリエンス」
最後に大きく円を描いてミリアの指先は止まった。すると今度は描いた円の中心を押すようにしてまっすぐに腕を伸ばし手をかざす。
一方、ゴーレムはミリアとディーノにようやく気付き、ふたりを捕まえようとその巨大な手を伸ばす。しかし、もう遅い。
「エーテルは流れ 集積は光となる!」
ミリアの力強い言霊と共に、飛翔するディーノの目の前、中空に光で描かれた円形の魔方陣が現れた。それは力の転換と増長をもたらす魔法陣。ミリアが一番初めに空から墜落したときに用いたものだ。
そこに、
「くらえーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
中空の魔方陣に向けてディーノが火炎球を打ち込む。放たれた火炎球はミリアの生み出した魔方陣の力によって空気中のエーテルを吸収し、超高温の青白い光の球へと変化して、
ゴーレムの伸ばした手を易々と貫き、その胸部に直撃。
――――――――
もはや、鼓膜に捉えることが出来ないほどの爆音を立てて、ゴーレムの身体は木っ端微塵に吹き飛んでいた。
↓NEXT Dragonballade chapter2-1
http://damennzwalker.blog.shinobi.jp/Entry/9/
1-1、
エリュトロン(壱の月)とアービー(弐の月)が共に満ちている明るい夜だった。
仄かな赤の月とやわらかな蒼の月に照らされながら、夜は静寂に包まれていた。
エクラトの第一等星が南の空高くに輝いて、収穫の秋が近いことを知らせている。
月明かりに照らされて雲が少し残っているが、雨を降らせることはないだろう。
そんな切れ切れに浮かんでいる雲よりさらに上、地上を流れるヴィーズの大河と広がるミュルクの森と浮雲とを同時に見下ろすことのできる超高度の上空を一匹のドラゴンが滑るように飛んでいた。
面長の顔に兜を着け、胸や四肢にも鎧を纏っている。風を切る翼、長く伸びた尾、身体すべてが白い鱗に覆われていて、月の光を受け淡く輝いていた。
胸部の甲冑の真ん中あたり。ドラゴンの翼をモチーフにした紋章が彫られている。そのことからこのドラゴンがエイリル王国の竜騎士団に所属するドラゴンであることが窺える。
ドラゴンの名をディーノという。
「――ねぇミリア。こんな高いところから行ってほんとに大丈夫なの?」
ディーノは少しためらいながら自分の背中に向けて声を掛けた。
ディーノの背中、取り付けられた鞍に跨りディーノの背中にすがりつくような前傾姿勢を保ちながら一人の少女がそこにはいた。
左手に手綱を握り締め、右手にかなり大型の槍を携え、そのくせ体に着けているのはチェインメイルとガントレットだけ。盾も持たず、下は薄い布地のスカートのような防具だけという軽装だ。
兜も被らず、少し短めのスカイブルーの髪を夜風にさらし、そして、小さな顔を半分以上も覆うような大きなゴーグルを装着していた。
少女の名をミリアという。
少女、といっても彼女はもう22歳になるが、竜騎士というにはあまりに華奢な体つきはどうしても幼さが拭いきれない。
しかし、ゴーグルの中のミリアの瞳は間違いなく戦士のそれだった。
敵を討ち下すための強い意志を秘めた眼差しだった。
大きく翼を羽ばたかせながら、ディーノが再びミリアに声を掛ける。
「……ねえ、ミリア聞いてる?」
「なに?」
ミリアが短く応える。『そんなの聞くまでもないでしょう?』という意味を多分に含めて。
きっとなにを言ったって聞き入れてはくれないだろう。一度言い出したらミリアは絶対に退こうとはしない。そのことをディーノは良く知っている。
「なに? じゃなくてさ。ほんとに平気? 今までこんな高いとこから落ちたことなんてないでしょ? ほんとに怪我しても知らないよ」
それでも、たとえ聞き入れられないと分かっていてもディーノはやはり聞かずにはいられない。それは純粋にミリアの身を案じてのことだが、
――あんまり危ないことに僕まで巻き込まないでよ。
そんな思いも若干混じってのことだった。もちろん、ミリアに直接言えるはずもないのだが。
もっとも、ミリアが自らの力を決して過信したりしないこともディーノは良く知っている。だから、
「大丈夫よ」
ミリアがそう言うからにはきっと大丈夫なのだろう。ディーノもそれ以上は追求しないことにした。
「それより、目標地点はまだなの?」
「ん? もうちょっとだよ。ほら、まっすぐ前に見える山の麓。あそこが目標地点」
ディーノの言葉に促されて、ミリアは身体を横にずらし、ディーノが鼻先で指し示した方を見つめる。
そのさきにあったのは森と山との間の大きな平原。大河の支流がちょうど真ん中を流れ、蛇行する川の流れに沿っていくつかの三日月湖が点在している。
そんな中、エリュトロンとアービーの二つの月を水面に映した三日月湖の傍にたいまつの灯かりがいくつも燈されているのが見えた。
良く見ると、その周辺だけきれいに草が刈り取られ黒い大地が剥き出しになっている。その剥き出しになった大地を大きく取り囲むように塀と堀とが築かれ、その塀の内側には大小のテントがいくつも張られているのが確認できた。
そして、
「……あの基地作ったの、どこのお馬鹿さんかね?」
「…………」
ディーノとミリアはそれを目にして、唖然とするほかなかった。
拠点の中心にある、まわりよりも一段と大きなテント。その天幕の布には敵国・ラスタ帝国の紋章がバッチリと刺繍されていて、はるか上空のディーノとミリアにもそれを見ることが出来た。
「……あれじゃあさぁ、自分から見つけてくれって言ってるようなもんだよねぇ。たいまつだってやたらに点けすぎだし、だいいち大きすぎない? あれって一応“秘密基地”なんでしょ?」
「まあ、攻撃拠点としては間違ってはいないと思うけど――」
「どこを攻撃すんのさ? わざわざこんな遠くからエイリル王都まで進撃するつもり? それとも、いちばん近くのベントレーの村でも襲うの? こんな田舎にあんな大型の基地作ったって宝の持ち腐れもいいとこだよ」
敵陣の陣営をため息混じりにけちょんけちょんに貶すディーノ。その間も、ミリアは冷静に敵陣営を見据え、頭の中で敵陣鎮圧までの工程をシミュレートしていく。
もっとも、今回はそれほど頭を使うようなこともなかった。
「あの陣は絶対、どっかの諸侯のドラ息子が父親の権力かさに着て指揮してんだよ、きっと。でなきゃ、あんなセンスの悪い建てかたしないって。まったくさぁ、ご丁寧に堀まで掘っちゃって。あんなガチガチに守り固めたってこんなとこまで誰も攻撃なんかしに来ないって」
なおも非難囂々のディーノに対して、ミリアは愚痴りっぱなしのドラゴンの頭を軽く小突きながら返した。
「私たちがするでしょ、攻撃」
「――あ、そっか」
一旦、敵陣上空を横切り風を切りながら大きく右に旋回。高度を少し落としながら再び敵陣上空へと達する。申し合わせたかのようにそこにあった雲の中にそのまま一度姿を隠した。
「どう? 作戦はもう決まった?」
「――今回は、作戦なし。たぶん力で押し切ってもいけると思うから」
「だよね~。悪即斬の早業で軽く捻り倒しちゃおー」
「……だからって油断は禁物」
「はいはい、わかってるって。……あ、最後に確認しとくけど、この高さからでほんとにいいんだね? 怪我しても僕のせいじゃないからね」
最後の忠告とばかりにディーノは背中の小さなパートナーに告げた。
「私は大丈夫だから、とっとと終わらせて帰りましょう」
「……わかった! そんじゃ、行くよ!!」
力強く気を吐き、ディーノは大きく羽ばたいて急上昇を始めた。
ふたりの眼差しの先、月の光を受けた白い雲の切れ目の先に満天の星空が広がっている。
ミリアとなら、このままあの星のもとまで飛んでいけるんじゃないだろうか。そう思えるこの瞬間がディーノはとても好きだった。
急上昇を続ける最中、それまでずっと前傾姿勢を保っていたミリアが急に上体を起こした。握っていた手綱さえも放してしまい、自らを十字架に見立てるかのように両腕を広げる。
その身体に、強烈な風圧が襲い掛かる。空気の巨大な拳に殴り飛ばされたような衝撃を受けて、ミリアの小さな身体はディーノの背中からあっけなく夜空へと放り出された。
そのままなにも抗おうとせずまっすぐ大地を見据える格好で猛烈な速さで落下していく。ミリアの小さな身体はあっという間に雲の中へと消えていった。
「……………………暇だ」
ため息が漏れる。いや、もはやため息も涸れ果てている。
広々とした平原のど真ん中。無能っぷりで有名な将校によって勝手に“エイリル王都陥落最重要拠点”と銘打たれた基地の見張り台の上。真面目に見張りの任につくわけでもなく、自前のなまくら剣を小脇に抱えて座り込み、少し雲の掛かっている星空を呆然と見上げながら、
「……………………ほんとに、暇だ」
今日、何回言ったか分からない言葉を繰り返す。
彼の名をジョシュアという。
一見して彼はただの一般兵に見えるが、その実本当に彼はラスタ帝国軍の一般兵でしかない。
忠義心に薄く、サボるのを常套とするのはどこの一般兵でも変わらないことで、彼もその御多分に漏れていない。もっとも、こんな辺境に建てられた拠点では見張るものなどなにもないに等しいことも事実だった。
正直、退屈以外のなにものでもない任務である。一般兵たちは持ち回りで回ってくるこの任務――特に、夜間の見張りを極端に嫌っている。これもまた、ジョシュアもその御多分に漏れていない。
「……ああ、ダメだ。俺の身体が紫煙を欲しているぜぇ。煙がなきゃあ見張りなんぞ出来ないなんてほざいてやがるぜぇ。――まったく、仕方ねえなぁ」
誰が聞いているわけでもないだろうに、ものすごく理に適っていない責任転嫁をしながらジョシュアは腰に帯びた小物入れから葉巻を取り出した。
よれよれに曲がってしまった葉巻を口にくわえ、もうひとつの小物入れに手を突っ込んでマッチをあさり、
手が止まる。
見上げていた星空に、さっきまではなかったものが目に入った。
それは、
「……ヒト、か!?」
そう思った次の瞬間には、その人影らしきものは拠点の中央テントに墜落し、
ドォーン
重い音と共に高々と土煙を巻き上げていた。
その落下してきた人物が、エイリル王国百竜騎士団に所属するミリア=エトワールという女騎士だったことをジョシュアが知ることは一生ないだろう。
口から葉巻をこぼしながら、彼は濛々と巻き上がる土煙をただ呆然と見ていることしか出来なかった。
↓NEXT Dragonballade chapter1-2
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ドラゴンバラード
紫雲 正宗
0、
――それは、いまだ神話と歴史が混在していたころの物語。
――数多の英雄たちが神々の力を借りていくつもの功績を為していたころの物語。
そこは僕にとって、とても暖かく居心地のよい世界だった。
温もりの小さな海に漂って、僕は毎日夢を見ながら時を過ごした。
ただ、時々目を覚ますことがあった。それは、僕の世界が一段と温もりに包まれる時。
その温もりと一緒に聞こえてくる音。
……トクン……トクン……トクン……トクン……
その暖かい音に合わせて鼻歌を歌うのが僕はすごく好きだった。
だけど、僕はその暖かい音がどこから聞こえてくるのかよく分からなかった。僕の世界はまわりすべてが白い壁に囲まれていて、音はどうやらその壁の向こう側から聞こえてくるみたいだった。
……トクン……トクン……トクン……トクン……
もっと、あの暖かい音を聴きたい。この壁越しにじゃなくて直にあの音に触れてみたい。
だけど、この場所から出て行ってはいけないような気がした。一度出てしまったら、もう戻れないんじゃないかっていう気がした。
それがとても怖かった。
……トクン……トクン……トクン……トクン……
その日も僕は、壁越しに伝わってくる温もりと優しさに包まれながら鼻歌を歌っていた。
その頃になると、僕の世界を満たしていた温もりの小さな海は涸れてしまい、それでも僕の世界は心地よいものに変わりはなかった。
以前と変わらない、そこは僕にとって幸福な世界だった。その中で僕は、暖かい音に包まれながら鼻歌を歌っていた。
だけど、ある瞬間、急に温もりが遠ざかり、あの暖かい音も聞こえなくなってしまった。
そして、その代りに、
「君はもう大丈夫だよ」
声が聞こえた。
とても優しい、穏やかな声だった。
「君じゃもう、その中は窮屈でしょう? だから、もうそんな狭いところから出ておいで」
壁の向こう側で“誰か”が僕を呼んでいた。
誰か? 誰かって誰だろう? ここには僕しかいないはずなのに……。
「怖がらなくていいのよ。私がいつでも君のそばにいてあげるから……」
もう戻って来れないんじゃないか、なんてことはもう怖くなくなっていた。
ただ、その優しい声に、そしてあの温もりと心地よい音に、もっと触れてみたくて、僕は僕の世界を取り囲んでいる白い壁に手を伸ばした。
柔らかそうに見えた白い壁は思ったよりも硬くて、僕は爪を立てて壁を引っ掻いた。
そうやって何度か壁を引っ掻いているうちに、ついに壁にヒビが入った。
壁に入ったヒビは小さな穴を穿ち、あとはあっけないくらいにその周りから壁は崩れていき、
僕は僕の世界の殻を割った。
初めて目にする外の世界。そして目の前にはいつも温もりをくれていたヒトがいた。
「おはよう」
いったい、このヒトは誰なんだろう? なんかぼやけてて良く見えないや。
……だけど、なんとなく僕の頭の中にこんな言葉が浮かんだ。
“お母さん”
お母さん? お母さんってなんだろう?
わからない。けど、あの温もりと暖かい声をくれたヒト。やっぱり、“お母さん”が一番ぴったりな気がする。
あれ? そういえば僕って誰なんだろう?
その答えは、僕の体に流れる血がすぐに教えてくれた。
そうだ、僕はドラゴン。ホワイトドラゴン・ブリッツェン。
それが、僕の血が語る名前だ。
↓NEXT Dragonballade chapter1-1
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