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1-2、
ミリアを追って急降下していたディーノが雲を抜け出たときにはすでに敵陣の中心部から土煙が巻き上がっていた。ミリアの攻撃が決まったのだろう。
自らが空高くから落下することで身に纏った風を魔力転換(エーテルスイッチ)して風の弾丸とし、そのまま敵に放つミリアオリジナルの離れ業。
あれだけの高度から落下してきたエネルギーがそのまま放たれるのだから、生身の人間が喰らったらおそらくひとたまりもないはずだ。その上、まったく予測不可能な奇襲攻撃。敵からすればたまったものではないだろう。
そこに、さらに追い討ちをかけるようにしてディーノが火炎球を叩き込む。ミリアの落下地点を取り囲む形で四発。
もうそれだけでミリアの落下現場に集まってきた、いまだ事態を把握しきれていない敵兵の半数を倒すことができる。
四連続で起こる轟音と巻き上がる煙。しかも、今回の煙は火の粉を纏っている。火炎球の着弾地点から舞った火の粉は周辺のテントへと燃え広がり、あたりは時を置かずして火の海となるはずだ。
舞い降りる女騎士。立ち上る土煙。降り注ぐ火の玉。響く轟音。辺りは火の海に包まれて、
女騎士に寄り添うように一匹のホワイトドラゴンが降り立つ。
この状況を目の前にしてビビらない人間なんていないはずだ。
ディーノに獰猛な笑みが浮かぶ。
――ヤバイ、僕たちヤバイくらいカッコいい。
気持ちが高揚し、どきどき感が止まらない。ハリィやシルフェスや隊に所属する他のドラゴンたちにも見せてあげたい。
だから、思う。悪戯心がうずく。
――もっと脅かしてやれ!
グオオオオォォォォォォォォオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ
降り立ち際、ディーノは勢いよく咆哮を上げ、口から火炎球を放った。
放たれた火の玉は熱風を巻き起こしながら飛来し南側の見張り台に直撃、一瞬にして見張り台を吹き飛ばした。
吹き付ける熱風、轟く爆音と燃え上がる見張り台を前に敵兵たちは呆然とするしかなかった。あまりの急な展開について来れないのだろう。それでも、彼らなりに悟ったこともあったようだ。
「 て、敵襲―――――――――――――――っ!!」「竜騎士だ!! エイリルの竜騎士が攻め込んできたぞ!!」「各自戦闘準備っ! コラ貴様ら逃げるな!!」「い、嫌だあぁぁあぁっ! まだ、死にたくねえよっ!」
口々に叫び声を上げながら走り去っていくラスタ帝国軍の兵士たち。その叫び声はどれも絶望の色が濃く現れている。敵陣は完全に恐慌状態に陥っていた。指揮系統はまるで麻痺してしまい、ほとんどの者が一目散に逃げ去っていく。
「~♪ たぁのすぃ~♪ はいはーい、エイリル王国の竜騎士様の御成だよ~。どーんどん逃げちゃってね~」
嬉々とした笑顔でディーノは逃げていく敵兵たちに手を振っている。ミリアの重いため息もとりあえず聞こえなかったことにした。
しばらくすると、ミリアとディーノのまわりには敵兵は一人もいなくなってしまった。あるのはただ、燃え広がる炎と、物が焦げたような臭いと、ラスタ帝国兵の死骸が数体。
音もなく、夜風が煙を流すだけであたりは閑散と静まり返っていた。
「……終わり? もう終わり?」
「…………」
歯ごたえないなぁ、と言わんばかりの口調でディーノはあたりをきょろきょろと窺う。しかし、その目はもう笑ってはいなかった。同じくミリアも真剣な表情でまっすぐ前の虚空を見据え耳を澄ましている。
ふたりとも気付いていた。逃げ惑う兵士たちの中に冷静さを保ったまま、“恐慌を演じている者”が数名いたことを。
――まだ終わってなんかいない。絶対まだなにかある。
「あ~あ、せっかくこんな遠くまで来たっていうのに、こんなんで終わっちゃうなんてつまんないなぁ~」
注意は逸らすことなく、相手をあえて挑発するようなことをディーノは口にする。
姿は見えない。
それでも、じりじりと刺すような視線を四方から感じる。
こちら側からは到底動きがたい空気があった。
この事態を少しでも打開できればと思ってのディーノの陽動は、しかし相手も思っていたほど馬鹿ではないようで、膠着状態から解けることはなかった。
しばらくの間、姿を見せない敵との睨み合いが続いた。
「……ねえ、あいつらなにをしてくると思う?」
沈黙に耐えかねて、ディーノがずっと押し黙ったままのミリアに声を掛けた。相手になるべく悟られないように、少しだけ身体をかがめて耳元で囁くように。
それに対してミリアも、振り返ることなく静かに答える。
「分からない。けど、だいたいの見当はつくわ」
「なに?」
「最初は長距離から弓矢か魔法で攻撃してくるのかと思ったけど、それにしては時間を掛け過ぎてる。まさか、いまから剣を振り回して掛かってくるとも思えない。だからたぶん、あいつらのいちばん得意なもので攻めてくると思う」
「……まさか」
ディーノはミリアの言わんとしているところを理解し、唖然とする。
「でも、だって。“そんなもん”出したらこの基地自体、無事じゃすまないじゃん」
「彼らならやりかねないわ。もともと、こんな突拍子もない基地を建てる人たちだもの」
「…………なんか、納得」
そして、ミリアの予見どおり“そいつ”は姿を現した。しかも、ふたりの足元から。
ミリアとディーノを囲うほどの大きな魔方陣が突如として地面に描き出された。複雑な文様の折り重なった魔方陣は強烈な光を放ち、地面に亀裂を生み、
「! 危ない!」
あとほんのちょっとでもディーノの反応が遅れていたらミリアは“その巨大な手”に握りつぶされていただろう。
股の間に鼻先を突っ込み、ミリアの身体を強引に持ち上げて自分の背中に放り投げ、ディーノはそのまま空中へと逃れる。魔方陣の真ん中、地面にできた亀裂の中から現れた巨大な手は一瞬遅れてミリアがいた虚空を掠めていた。
ミリアを確保し、飛びのいてからすぐに高度を上げたディーノは、十分な高さを保ち、旋回しながら地面から伸びた手を睨み付けていた。
そのまま、背中に鋭く声を放つ。
「ミリア! ミリア、大丈夫!?」
「 」
「ミリア!!」
「……だ、大丈夫。ちょっと、驚いただけ。……それより、敵は?」
「あそこ、もうすぐ出てくるよ」
鞍に跨りなおし、体勢を立て直したミリアもディーノが指し示す方向を凝視する。そのときにはすでに、“そいつ”は上半身を地上へと出していた。
「……ストーンゴーレム。やっぱり、得意技で来たわね」
昔から大国として名高いエイリル王国に対して、ラスタ帝国はこの200年で急に勢力を拡大してきたいわば新興勢力だ。その急進を担っているのが合成獣(キメラ)や造成巨人(トロル)を始めとする人造生物兵器だった。なかでも魔製人形(ゴーレム)は戦場に最も多く投入されている種類だ。
「読みが当たったね。それにしても迂闊だったなぁ~。まさか足元に直接召喚されるなんて思わなかったよ。実力かな? それともただの偶然?」
「後者でしょう。こんな基地の真ん中にゴーレムを召喚するなんて、わざわざ自分で自分の基地を壊すようなものだもの。そんなナンセンスなこと普通しないわ」
「だよね」
その間にも、ストーンゴーレムは地中から這い出し、ついには大地の上に完全に姿を現していた。
ゴーレム、といってもその大きさは様々で、それでも普通いちばん大きなものでも10mくらいである。
「…………ちょっと、デカすぎるんじゃない?」
しかし、目の前に現れたそいつは身の丈が優に30mを超えていた。
この時点で、ストーンゴーレムの顔はディーノの目の前にあった。安全だろうと踏んだ高度がまるで足りていなかったことに初めて気付かされ、ふたりは驚愕する。
「逃げろー!」
叫びながらきりもみ状態で急降下するディーノ。そのあとを追うようにしてゴーレムの巨大な右手が振り下ろされる。それをぎりぎりのところで避け、今度は急上昇。そのわずかに下を左手が掠める。
急旋回。今度は距離をとるために水平飛行に移る。そこに、
「ディーノ後ろ!!」
両手が迫り来る。あっという間に左右を囲まれ、
ゴゥン
岩と岩とがぶつかりあう鈍い音があたりに響く。
ディーノは閉じられた両手の指先からなんとか脱する。が、その間にミリアはゴーレムの手の上に飛び移り、
「え? ――ちょっ、ミリア!!」
ディーノが制止する間もなく、巨大な手の甲を蹴ってゴーレムの顔面へ向かって跳躍。
そして、
「閃光斬(レイランサー)!!」
高々と呼号し、光を纏った槍をゴーレムの眉間に叩き込んだ。
一閃の光が刹那、闇夜を駆逐し轟く爆音は空を響動した。
ゴーレムの身体を伝って地面まで達した衝撃で土煙が巻きあがる中、ゴーレムの巨体が大きく仰け反りその動きが止まる。
「ミリアー!」
ディーノがゴーレムの目の前を横切る。すり抜けざま、ミリアが軽く跳躍しディーノの背中にきれいに納まっていた。
そのまま、しばらくゴーレムのまわりを旋回し始める。
二・三周まわってみたものの、ゴーレムは動かない。
「……手応えはどう?」
「……わかんない。けど、あれじゃ多分、ダメだと思う」
ミリアはゴーレムの額に刺さったままの自分の槍を見つめながら、重々しく呟いた。
終わらせるつもりの一撃だった。わからないとは答えたものの実際には手応えは十分だった。これ以上ないというほどの完璧な一撃。しかし、結果は予測とはだいぶ違っていた。
それはゴーレムの頭部を完全に打ち砕くための一撃だった。しかし、結果はその額にヒビを入れただけ。
生の血が通っている生物ならそれでも致命傷になり得たのだろうが、相手がゴーレムではそれも望めない。なによりも、仕留められなかった事実がミリアには堪えた。
気でも失っていたのか、突っ立ったまましばらく微動だにしなかったが、やがてゴーレムは静かに動き始める。
「……ほんとに動き出したよ。しぶといなぁ~」
今度こそ安全な高度を保ちながら、ディーノはなおも旋回を続けゴーレムの様子を窺う。どうやら相手はこちらのことを見失っているようだった。先ほどから辺りをきょろきょろと見回している。妙に人間くさいその動作がすこし滑稽に映る。
「どうするあれ? なんならこのまま放っといて帰っちゃうか?」
「……まさか、そんなわけにも行かないでしょ? こうなったら全力で倒しに行くわよ」
「~♪ そーこなくちゃ。額に刺さりっぱなしの槍も取り戻さなきゃだしね」
ラスタ帝国軍がエイリル領土内のベントレー村近郊に築いた攻撃拠点をすみやかに潰すこと。それが、ミリアとディーノに与えられた任務だった。
しかし、その潰すべき攻撃拠点は敵方のゴーレムによってぐちゃぐちゃに踏み荒らされている。つまり、ミリアとディーノの任務はすでに完了しているのだ。たとえここで、ゴーレムを置き去りにして帰ってもなんらお咎めを受けることはないだろう。
“ラスタはかつてないほどの巨大なゴーレムを実践投入してきている。”
その情報を持ち帰るだけでも十分すぎる功績だといえる。
しかしそれでも、ミリアもディーノも退こうとはしない。それは決して自分たちがやらなくてはならないといった使命感によるものなどではなく、
「ゴーレム一匹倒せずに逃げ帰ってきたなんて知れたら、第Ⅰ小隊の連中に絶対馬鹿にされるもんね」
「…………」
口には出さないが、その思いはミリアも同じのようだった。ようするに、ふたりは意地になっていた。
いったんゴーレムの背後へとまわり、大きく距離をとる。
十分に距離を置いたところで旋回。ゴーレムの背中を真正面に捕らえる位置に来る。
「準備はいい?」
「いつでもいいよ! どんと来いっ!!」
ディーノに確認をとり、ミリアは静かに呪文の朗詠を始めた。
「我語るは心理 満つるは力なり」
朗々と呪文を唱えながらミリアの指先が虚空を滑らかになぞっていく。なにかの言葉をそこに綴るように、その動きにはまったく無駄がない。
「火はパイモン 水はアリトン 地はアマイモン 風はオリエンス」
最後に大きく円を描いてミリアの指先は止まった。すると今度は描いた円の中心を押すようにしてまっすぐに腕を伸ばし手をかざす。
一方、ゴーレムはミリアとディーノにようやく気付き、ふたりを捕まえようとその巨大な手を伸ばす。しかし、もう遅い。
「エーテルは流れ 集積は光となる!」
ミリアの力強い言霊と共に、飛翔するディーノの目の前、中空に光で描かれた円形の魔方陣が現れた。それは力の転換と増長をもたらす魔法陣。ミリアが一番初めに空から墜落したときに用いたものだ。
そこに、
「くらえーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
中空の魔方陣に向けてディーノが火炎球を打ち込む。放たれた火炎球はミリアの生み出した魔方陣の力によって空気中のエーテルを吸収し、超高温の青白い光の球へと変化して、
ゴーレムの伸ばした手を易々と貫き、その胸部に直撃。
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もはや、鼓膜に捉えることが出来ないほどの爆音を立てて、ゴーレムの身体は木っ端微塵に吹き飛んでいた。
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